第3章 暁の時 |
デスラーはスターシアの病室として、パレス内の最も奥まった一隅を用意させた。都市部の喧噪も、到底ここまではとどかない。 翌朝、ヤマトの出立とほぼ同時刻に、血液遺伝学の権威であるマンハイム教授を筆頭とする医師団が内密に結成され、治療が始まった。 側仕えの侍女達も、心映えのよい伶俐な質の者達を揃えた。それらは、侍従長であるイローゼの人選だった。 スターシアの置かれた立場は非常に微妙なものであったから、帝国内に余分な波紋を立たせないためにも、しばらくの間は全てを極秘の内に勧める必要があったのだ。 それ故、デスラーの側近の中でも、その存在を知る者は、腹心のタランと補佐官であるキーリングを初めとするわずかな数名だった。 「総統」 初老のマンハイム教授がデスラーの執務室を訪れたのは、治療を開始して5日後のことだった。 「おお、マンハイム」 デスラーは日頃の冷静さに似ず、思わず席から立ち上がった。 彼は、デスラーが絶大の信頼を置く、メディカルアカデミアの学長でもある。 その温厚な人柄を慕って、門下に下る医学者も多い。 「どうだな、スターシアの様子は?」 「かなりの貧血状態でしたが、ようやく正常値に戻りました。ただ、血液内に不純物の沈澱が多々見られます。それもあと数日で回復する見込みですが・・・恐らくあの方は、抗体を体内に容易く取り入れてしまう体質ではないかと思われます」 「どういうことだ?」 「不純物に対する免疫機能がかなり弱い、ということです。恐らくはイスカンダルの大地自体が清浄そのものだったのでしょう。母君の血を強く受けている分、地球での生活環境が、体にかなりの負担をかけていたのではないかと」 その時デスラーの脳裏に、彼女の双児の姉であるサーシャの存在がよぎった。確か彼女も、幼少時に地球から惑星イカルスへ移され、そこで養育を受けた、と古代は言っていなかったか? やはりイスカンダルと地球という異星間の混血は、生体としてかなり無理な要素があるのではないだろうか。 だが、デスラーの内心の懸念を一掃するかのように、マンハイムは言った。 「まだ昏睡からは覚められませんが、峠は超えました。もう病室に入られてもよろしいかと」 少女は穏やかな寝息を立てていた。 胸が規則正しく上下し、わずかに寝乱れた髪が、その白い顔を縁取っている。 酸素マスクも外され、かつての苦悶は、彼女からすっかり立ち去ったようだった。 これほど間近に、この少女を見つめたのは初めてだった。 デスラーが部屋に入り、スターシアの枕辺に座ってから、どれほどの時が経ったのか。 が、彼は病人を見つめたぎり、一向に立ち上がる気配を見せなかった。 (スターシア・・・この娘は本当に、君の血肉を受け継いでいるのか) だとするならば、何と皮肉なことか、と思う。 遥か過去に葬り去った苦い想い、心の奥底に深く埋めた筈の愛しい面影が、今またこうして生身の偶像となり、彼の前に立ち現れたのだ。やわらかくうずをまく髪、ほっそりと華奢な面、長い睫毛の落とす影、それら全てが、逝ってしまった人を思い起こさせる。 侍女の一人が用向きを告げに入ってこなければ、デスラーは飽きることなく彼女を見つめ続けていたに相違ない。 スターシアが目覚める目覚めないに関わらず。 病室を出、長い回廊を渡ると、そこには一面にカリンカの淡い香りがただよっていた。 |
りょうちゃん
2001年08月11日(土) 02時36分31秒 公開 ■この作品の著作権はりょうちゃんさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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総統のどきどきが伝わって来ますね。男というのはホント・・・。 | 長田亀吉 | ■2001年08月13日(月) 21時54分06秒 |
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