第7章 萌芽
その夜、寝台に横たわったスターシアは、だがなかなか眠りにつくことができなかった。
 漆黒の闇の中に、先ほどのデスラーの姿が幾度も蘇っては消える。
 武人としての堂々たる風格、出会う者全てを跪かせずにはおかないような、あの威風。
 一国を統べる人とはあのような圧倒的な存在感を持つものなのか。スターシアは独りごちる。
(そして一)
 スターシアは自らの頬にそっと手をあてた。
(あの方の手がここに触れた。何の気負いも衒いもなく、まるで昔から幾度もくりかえしてきたことのように)
 ほんの一瞬ではあったが、その時のデスラーの指の温もりを、はっきりと覚えている。そして、自分を見つめる彼の眼差しが、限りない優しさに満ちていたことも。
(もしもお父様が生きていらしたら・・・)
 あるいは今のスターシアにとって、デスラーの存在とは、父性の象徴のようなものになりつつあるのかもしれない。そして、その胸の内には、一夜にしてデスラーに対する淡い思慕のような情が、密かに芽生えはじめていた。

 「宇宙の覇者」と称えられ、帝国の元首として数十億の民の頂点に立つ男が、たった一人の、何の力も持たない少女に心を奪われている。
 それが、現在の彼の偽わざる真実だった。
 スターシアと初めて相まみえたあの夜以来、デスラーの脳裏には常に彼女の存在が焼き付いて離れない。
 だが、まだ彼女は医師団の監督下にある身の上だったから、そうそう頻繁に会うわけにもゆかず、執務の多忙さに取り紛れて、日々は徒に流れていった。
「総統」
 主治医であるマンハイムが執務室を訪れたのは、そのような折のことである。
「スターシア様のここ数日の御様子から、ほぼ完全に全快したと診断いたしました。定期的な検診は今後も必要となりますが、我がガルマンガミラスにおいて日常生活を送られる分には、最早何の支障もありません。ただ・・・」
「ただ、何だね?」
「再び地球に戻られることは如何なものか、と」
 マンハイムは慎重に言葉を選びながら続けた。
「漸くここまで治癒した症状が、地球の環境に戻ることによって再発する可能性は十分にあります。総統、何卒御深慮のほどを」
 デスラーは頷いた。
「よくやってくれた。スターシアの今後については慎重に討議する故、安心したまえ」
「はっ」
 マンハイムが退出した後、側に控えていたタランが恐る恐る口を開いた。
「総統。如何なさる御所存で?」
 だがデスラーは、彼の問いには答えずに席を立ち、都市を一望できる窓辺に立った。マンハイムの言葉は予想できないものではなかった。彼女のイスカンダル人としての生理を鑑みれば、遅かれ早かれ、そのような結果になることは必定だったのだ。
 デスラーはゆっくりと振り返った。
「タラン。私は彼女を正式に我が帝国に引き取る心算でいる」
「は」
「無論、古代の了承を得てからの話だが。しかし彼も姪の生命がかかった重大事であれば、首を横にふることは決してないだろう」
 だが、デスラーの次の言葉は、タランを驚愕させた。
「暫くは私が後見人となり、折をみて、養女として正規に縁組みをするつもりだ」
「ご、ご養女とは! しかし、そのような前例は今までには・・・」
 デスラーは苦笑した。
「前例とは何だ、タラン? 私は妻帯したことはないが、しかしあの年頃の娘が一人いたとて、何の不思議もあるまい?」
「ですが・・・」
「彼女の政治的な立場を守る故にだよ。もしも現実となれば、今後彼女は異邦人として衆知の眼差しに曝され続けることになるだろう。いらぬ波紋を起こさぬためにも明確な位置付けをしておきたいのだ」
 しかし、この折のデスラーの言葉が、後々帝国内において、重大な波瀾を呼び起こす結果になろうとは、当の彼自身も全く予想だにしていなかった。


 




りょうちゃん
2001年08月22日(水) 22時15分02秒 公開
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■作者からのメッセージ
こんばんわー。
みなさま、お元気ですか?

えーと、ちょっとこのストーリーの裏話を一つ。
今回の設定では、年代的にはデスラー総統は30代後半、スターシアは17才、という感じです。
かつて愛した女性の娘を引き取って育て、その成長を見守る、というのは、ある種の男性にとっては究極のロマンティシズムじゃないかなあ、と思えるのですが、いかがなもんでしょうか。
 総統にとって女王の存在というのは、もう
「聖性」の域に達してしまっていると思うので、今さら生身の彼女の娘を前にしたからといって、直接どうこう、ということはないのではないか、と思いますです。
基本的にすごくストイックな男性ではないのかな、というのが、私の閣下像です。
 勝手なことをだらだらと書きまして、すいみませーん。

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