第9章 決断
デスラーからの通信の後、一人自室に隠った古代のもとを、ふいに真田が訪れた。
「古代。今、いいかな?」
「もちろんですよ。どうぞ」
 入室した真田に腰を下ろす様、うながす。
「お前、大丈夫か? ひどい顔色をしているぞ」
 真田の問いには答えず、あいまいに微笑む。実際、ここ一昼夜での古代の憔悴ぶりは、傍の目からも明らかだった。
 真田はしばらく、気遣わしげに古代を見つめていたが、思いきったように切り出した。
「古代。実は俺は今まで、お前に隠し続けてきたことがある」
 はりつめたような真田の表情に、古代はけげんそうに眉をひそめた。
「澪・・・いや、サーシャのことだ」

「スターシア同様、彼女も又1年足らずで一気に成人にまで成長した。それが生体としてどれほど不自然なことか、俺は彼女を育てていく過程で、日々、目の当たりにしたよ」
 初めて明かされる真実に、古代は言葉を失った。
「あの急激な成長が、彼女の身体に異常なほどの負荷をかけていた。サーシャの体組成は実に脆弱だったよ。既にイカルスにいた時点から、彼女の体には様々な弊害が出始めていたんだ。最も、本人には自覚症状すらないほどの、微々たる変化だったがね。だが、恐らくあのままイカルスにいては、サーシャは天寿を全うすることはできなかっただろう」
「そんな・・・!」
「今となっては、彼女があのような亡くなり方をしたことは、却って幸福だったのでは、と思える時がある。少なくとも、残りの生を生命維持装置につながれたまま長らえるよりは」
 その時、背後から聞き覚えのある足音がした。
「イスカンダルは滅びゆく惑星だった。そしてイスカンダル人も又、絶えていく血筋の種族だったということだな」
「佐渡先生!」
「古代。酷なようだが、スターシアはガルマン.ガミラスに残していった方がいい」
「先生までそのようなことを言うのですか?」
「わしはスターシアが乗艦してこの方、ずっと傍らでその日常を見てきたよ。忌憚のないところを言わせてもらえば、あの子は自らの死に場所を求めて、ヤマトに乗り込んだとしか思えんかった」
「死に場所?」
「スターシアも医学に携わった者であれば、自分が一度でも負傷すれば、それが即、死につながると重々承知しておったろう。それでも、あえてヤマトに乗り込んだということは・・・」
「それなりの覚悟があった、ということだろう」
 真田が後を続けた。
「だが、スターシアは、私にそのようなことは一言も・・・」
「古代。一番近い身内だからこそ、隠し通しておきたかった、という思いもあるんじゃないか」
 真田が慰めるように、古代の肩に手を置く。
「どうか後悔のないように。冷静に考えてくれ」

 真田と佐渡医師が去り、古代は再び一人きりになった。
(スターシア)
 決して幸福な生い立ちとは言えなかった。だからこそ、ただ一人の姪として、心から愛おしんできたつもりだ。夭折したサーシャの分まで幸せになってほしいと、せいいっぱい心を砕いてきた。
 同じ双児とはいえ、サーシャとは対照的に、ひっそりとおとなしやかな少女だった。その出自故に、日常、心憂えることも多かったであろうに、古代の前で寂し気な表情など、一度として見せなかった。
 スターシアが医学の道に進みたい、と申し出てきた時には、一も二もなく賛同した。何よりも学究肌の彼女にふさわしい将来と思えたし、民間人として生きるのであれば、もし万が一、地球が戦乱状態に陥ったとしても、直接巻き込まれる可能性は少ない。
 それ故、彼女が、今回の航海でのヤマト乗艦を強く希望してきた時は、内心驚愕した。
 だが、後にも先にも、スターシアがあれほど真摯に、古代に自分の希望を伝えたことは、かつてなかった。医科大学の学長の推薦もあり、また、医局の欠員を補充しなくてはならない現実もあって、結局のところクルーとしての認可を与えたが、その実古代の心中は複雑だった。
 彼女がヤマトの真新しい制服に身を包んで、初めて古代の前に立った日のことを、昨日のことのように覚えている。
 名を呼ばれ、振り返った古代は息をのんだ。
「スターシア。その髪はどうしたんだ?」
 腰まであった彼女の豊かな金の髪は、ふっつりと首筋のあたりで切りそろえられていた。
「切りました。誓いをたてることがありましたので」
「誓い?」
 彼女は微笑み、敬礼した。少年のようにすがすがしい笑顔だった。
「古代艦長。ただ今より、乗艦いたします」

 今にして思えば、あの時の、全てを悟りきったような彼女の静かな眼差しに、秘めたる決意がこめられていたのかもしれない。しかし、その折は、スターシアの心中など推し量るすべもなかった。

 一体どれほどの時がたったのだろう。
 漸く、彼は、全ての迷いをふりはらうかのように立ち上がった。
 そのまま、インターコムのボタンを押す。
「回線をつないでくれ。相手はガルマンガミラスのデスラー総統だ」
「は、はい!」
 相原の緊迫した声が伝わってきた。
(スターシア。いつか君もわかってくれるだろう。今の僕の思いを)
 たとえその身が何処に在っても、どうか最後まで幸せな生を全うしてほしい。それが、彼の思いの全てだった。
りょうちゃん
2001年08月30日(木) 20時32分30秒 公開
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設定が秀逸。ドラマがきちんとつくってあります。うまいです。 長田亀吉 ■2001年08月31日(金) 00時08分50秒
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