第10章 運命
「今・・・何とおっしゃられたのですか?」
 スターシアの表情は、固く強ばっていた。 
 彼女の前にはデスラーと、そしてマンハイムとが対峙していた。
「申し上げました通りです、スターシアさま。将来に渡っての貴女の健康を維持する為に、どうかこのまま、ガルマンガミラスにお留まり下さいます様。これが、医師団の一致した見解です」
「そんな、埒もないことを」
 唇をかみしめ、救いを求めるようにデスラーを見つめる。が、彼は無言のままだった。
「恐らく地球にいた際、身体にはかなりの御負担を感じていたはずです」
「そのようなこと・・・」
 だが、彼女はそれ以上の言葉を続けることができず、うつむいてしまった。
「なかった、とは言えまい?」
 さすがにスターシアに対して哀れを催したのか、デスラーは諭すように言葉を続けた。
「君自身も医師であれば、自分の体のことは誰よりも承知していたはずだ」
「わたしは地球人です。イスカンダルなき今、地球だけがわたしの故郷なのです。傷を直していただいた御恩は決して忘れてはおりません。ですが、このまま帝都に留まることだけは・・・今は到底考えられないのです。どうかお許し下さい」
 スターシアは必死だった。
 ヤマトが航海から帰国するまでの、ほんのわずかな期間だと思えばこそ、異星での日々も、何とか耐え忍ぶことができたのだ。
 帝都では賓客として遇され、望めば与えられぬものとてなかったであろう。折にふれて示されるデスラーの厚情に、深い感謝の念を抱いてもいた。しかしそれでも、彼女の激しい孤独感を癒すことはできなかったのである。
 デスラーは立ち上がり、スターシアに歩み寄った。
「君の思いはわかる。古代とて同様だろう。だがスターシア、ここまでようやく回復した症状が、帰化することで又再発してもよいというのか? みすみす自らの命を縮めるようなものではないか」
 だが、スターシアは蒼白な面持ちのまま、きつくデスラーをねめつけた。
「この先長らえたところで、詮のない命です。生きのびたところで、一体何が待っているというのです?」
 血を吐くような叫びだった。だが、その言葉を聞いた途端にデスラーの表情が変わり、次の瞬間、マンハイムは到底信じられぬ光景を見た。
「総統!」
 振り上げられたデスラーの手が、強かにスターシアの頬を打ったのである。
「イスカンダル王家の末裔ともあろう者が、みだりな言葉を口にするものではない!」
 鞭のように厳しい一言であった。マンハイムは息をのんだ。このように冷静さを失した総統の行動を、かつて目にしたことはなかった。
 スターシアは突然のことに呆然とし、言葉を失った。このような行為を受けたことは今だかつてなく、打たれた頬をおさえたまま、ソファの上にくずおれる。
 デスラーはほんの一瞬、狼狽したような表情を見せた。恐らく彼自身、今し方の己の行為に強い戦きを感じたに相違なく、思わず膝をついてスターシアの頬に触れる。彼女はかすかに震えていた。
「手荒なことをして・・・すまなかった。だが、もし君の母上が生きていたら、きっと悲しまれたことと思う」
 しかし、スターシアは声も出せず、ただ流れ落ちる涙だけにその感情を語らせることしかできなかった。
「スターシア」
 だが、デスラーの呼び掛けを遮るかのように、
「叔父は・・・艦長は、何と?」
 その唇からかすかな声がもれる。
 デスラーはしばらく黙っていたが、ゆっくりと言った。
「承知したよ。君の生命には代えられない、と古代は言った」
 今度こそ、スターシアの表情は絶望に大きく引き歪んだ。最早、彼女を地球にとどめ置く絆は、あとかたもなく消え去ったのだ。
 スターシアは現実を受け入れまいとするかのように、固く瞳を閉じた。
りょうちゃん
2001年08月30日(木) 21時37分47秒 公開
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なんだか引きこまれちゃうお話です。スターシアに感情移入してしまいます。デスラーもいい味だしてますね。 Alice ■2001年09月02日(日) 00時40分57秒
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