第11章 疑惑
 「ひさしぶりだね。スターシア」
 デスラーの配慮によって、古代とスターシアとの体面がかなったのは、彼女がようやく心を決めてから、2日後のことだった。
 数十日ぶりに見る、モニター越しの姪は、かつての病み疲れた姿が嘘のように、すっかり生気を取り戻していた。
 襟刳りを大きく取った、菫色のソワレを着け、衣服と共布の飾り紐で、ゆるやかに髪をまとめている。その少女らしい出で立ちも、今ではもうすっかり身に着いていた。
「このような仕儀になってしまい、君には本当に申し訳なかったと思っている」
「艦長、どうかもうそのことは」
 スターシアは静かにかぶりをふり、モニターごしに古代をじっと見つめた。
「もう迷いはありません。デスラー総統をご信頼申し上げ、この地で生きてゆく決意を固めました。どうかもう、わたしのことは御心配なさらず、一刻も早く第二の地球が見つかりますように」
 思いのほか、落ち着いたその様子に、古代は安堵感と同時に、しかし心のどこかで、やはり一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
「航海の無事を、心からお祈り申し上げております」
 微笑みすら浮かべて、少女はモニターから、ゆっくりと消えていった。
 その後も、古代は空白のモニターを見つめたまま、しばらく立ち尽くしていた。
「古代君」
 背後から、ユキのやさしい声がした。
「大丈夫?」
「ああ」
 振り返った古代の表情は穏やかで、先ほどまでの打ひしがれたような様子は、幾分やわらいでいるかにみえた。
「思ったよりも落ち着いて見えた。やはり直接言葉を交わせてよかったよ。これで、やっと迷いも消えた」
 その言葉を聞いて、ユキはようやく安堵したように笑顔を見せ、
「もう間もなく惑星ファンタムに到着するわ。皆、第一艦橋であなたを待っています」
「わかった」
 古代は力強く頷いた。
 
 通信が切れた瞬間、スターシアはデスクの上につっぷすようにして、激しく嗚咽した。
 室内は無人だった。彼女はようやく一人ぎりになって、思う存分泣くことができたのだ。
 先ほどの、進の声が幾度も耳もとでこだまする。
 彼の姿を見た途端、押し殺していた感情が全て、せきを切ってほとばしりそうになり、必死で我が身を抑えた。
 もどりたい、と、しかしどうして願うことなどできただろう。モニターに表れた進の悲痛な表情が、全てを語っていた。もうこれ以上、叔父を苦しめることはできなかった。
(これでよかったのだ。これで、もう・・・)
 その時、背後から遠慮がちに小さな声がした。
「スターシアさま」
 そこには、年の頃はスターシアとさほど変わらないであろう、小柄な少女が立っていた。柔和な面ざし、豊かな亜麻色の髪を後ろ手に結い。うるんだような瞳で、心配げにじっとこちらを見つめている。
 侍女の一人であるキリエだった。
 彼女が病床に在った時から、常に甲斐甲斐しく世話をし、そのあたたかな献身が、ともすれば深い孤独に陥りがちなスターシアにとって、大きな慰めとなっていた。穏やかなキリエの前では、スターシアも心を鎧うことなく、素のままの自分に立ち返ることができたのだ。今となっては、彼女は単なる侍女ではなく、かけがえのないの友人だった。
「ごめんなさい。あなたには、いつも心配ばかりかけているわね。」
 キリエはそっと首をふり、スターシアの足下にひざまづいた。
「どうかお力をお落としになりませんよう。このキリエが、いつもお側におります故」
 そのあと彼女は目を閉じ、うつむいて、何事かを祈るかのように数言を呟いた。
「わたしのために祈ってくれるというの?」
 スターシアは泣き笑いのような表情のまま、キリエを見つめた。
「スターシア様のお身の上に、必ずや御加護がありますように」
 鳶色の澄み切った瞳が、まっすぐにスターシアを見すえ、そして彼女は、何ごとかを決意したかのような表情で、その胸元から、そっと白銀の小さなロケットを取り出した。
「これは?」
 鈍く光るロケットの表面には、女神のような女性の顔が浮き彫りになっている。スターシアにとっては、初めて目にするものだった。
「わたくしの信じている神です」
「一体、何という・・・」
「マザー.シャルバート」
 キリエはささやくように言った。
「マザー・・・シャルバート。とても美しいものね」
 スターシアは、そっとロケットに触れた。
「でも、ここでその名を語ることは固く禁じられています。」
 スターシアは思わず顔をあげた。キリエの語調には、ただならぬ緊迫感があった。
「もし信者であることがわかれば、わたくしはその場で死罪を賜るでしょう」
「何ですって?」
 スターシアは耳を疑った。今、キリエは何といったのか?
「ただ、スターシアさまにだけは・・・わたくしの真の姿を知っていただきたかったのです」
 スターシアの眼差しをふりきるようにして、キリエがゆっくりと立ち上がった。
「何故、そのようなことをわたしに?」
だが、彼女はもはや何も答えようとはしなかった。
その時、部屋のドアが音もなく開き、
「スターシアさま。こちらにいらしたのですか」
「おさがし申し上げておりました」
 数人の侍女たちが入ってきた。
「あ・・・」
 彼女らに囲まれて、スターシアはいつのまにかキリエから隔てられてしまい、その姿を見失った。
「先ほどからお部屋でイローゼ女官長がお待ちです」
「どうかお急ぎを」
  
 キリエの言葉は、スターシアがガルマンガミラスに身を寄せて以来、初めて耳にした、帝国の暗部だった。そして、それはそのほんの皮切りに過ぎなかった、ということを後に彼女は思い知ることになる。
 デスラーの総べるこの強大な帝国が、その繁栄の影でどれだけ多くの犠牲者を生み、目もおおうばかりのすさまじい粛清を行っているか、という現実を。
 スターシアは、身内にわきおこる不安を打ち消そうと必死だった。この地で生きてゆく決意を漸く固めたものの、自分の足下から崩れ落ちてゆくような心もとなさを、今の彼女はひしひしと感じていた。 
 
りょうちゃん
2001年09月08日(土) 02時18分19秒 公開
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■作者からのメッセージ
いつも御声援ありがとーございます。
この物語もやっと中盤まできましたー(ぜいぜい)
どうか今後ともよろしくおねがいしまーす。

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デスラー帝国の暗部がついに。シャルバートのエピソードは掘り下げ方によっては面白そうですね。次回も期待してます!! 長田亀吉 ■2001年09月09日(日) 10時06分06秒
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