第12章 峻路
 数日後の夕刻。
 その日はスターシアの披露も兼ねた、同盟国首脳陣を招いての大晩餐会であった。いよいよ彼女の存在が、公に明らかになる時がきたのである。この日を迎えるにあたっては、帝国内にも様々な思惑や意見が取り沙汰されたが、最終的には、デスラー総統の意向が全てを決めた。
 刻限が近付くにつれ、スターシアの居住区に当たる一隅は、侍女達の出入りでにわかに慌ただしくなりはじめた。

 湯あみの後、着衣をあらためたスターシアが目顔で頷くと、部屋の隅にひっそりと控えていたキリエが前に進み出た。それを機に、数人いた侍女達は退出してゆく。
 今までも、身支度の最後の仕上げをするのは彼女の役目であったから、その光景は常に変わらぬものであった。数日前の一件など何事もなかったかのように、キリエは入念にスターシアの髪を整え始めた。ことさら視線をあわせぬようにして、丹念にくしけずり、生花を編み込んでゆく。
 が、ふいにスターシアは背後を振り返って、その手を止めさせた。
「キリエ。あなたの言葉を聞いてしまった以上、もう今まで通りでいることなどできないわ」
「………」
「そのことはあなたも承知しているはずね」
 目をふせ、頑に押し黙ったきりの侍女をまっすぐに見つめる。
「あなたは、信者であることが露見すれば死罪になると言った。帝国にとってシャルバート教の信仰とは、異端の徒としての烙印を捺される、ということなの?」
 キリエは頷いた。その横顔がかすかに震えている。
「つい先頃も御前会議の場で幕僚の一人が信者であることが発覚し、その場で断罪されました」
「断罪、とは?」
 スターシアは固唾をのんでたずねた。その声は自らのものではないかのように掠れていた。
「総統自ら手を下された、ということです」
 淡々と言葉を続けるキリエの瞳は、最早何ものをもうつしてはいないかのように、感情もなく、うつろだった。
 スターシアは言葉を失った。
 これではまるで、俗に言う、魔女狩りの行われた中世の暗黒時代のようではないか。
 地球の歴史が証明しているように、古来より、極度なまでの中央集権国家は、時を経るにつれて必ず歪みが生じてくる。反乱、革命、そして度重なる流血の戦。三千年の栄光を謳ったかの大ローマ帝国でさえ、恒久の時の前には脆くも崩れ去っていった。人為のものである以上、未来永劫などということはあり得ない。
 確かにガルマン・ガミラス人民のデスラー総統に対する忠誠は、端から見ていても狂信的とさえいえるほど極端なものがあった。しかしそれも全て、ボラ−連邦の圧政に苦しんでいた民を、虜囚の身上から解放した英雄への尊崇の念、としか今までは思えなかったのだが。
 スターシアは無論、ガミラス大帝星時代のデスラーを知らない。彼が掌握していた権力がどれほど強大なものであり、そして彼の意志に反する異端者が、どれほど惨い末路を辿ったか、ということを。
 すっかり怯えきってしまったようなキリエのか細い横顔を見ている内、スターシアはふいに、今自分が身につけている贅を尽くした品々が突然に厭わしくてたまらなくなり、全身でふりほどきたいほどの嫌悪感を覚えた。
 衣装に惜し気もなくふんだんに使われている高価なガルマニア産の衣、耳もとや首筋を彩る綺羅らかな宝飾品、薫り立つみずみずしい生花、それら全てが、帝国の搾取の上に成り立った享楽の証のように思えたのだ。
 見せ掛けの豪奢とかりそめの平和。
 一体この国の背後に隠蔽された事実とは、どれほど根深いものがあるのか。そして、酷薄な支配者としてのデスラー総統の存在が、スターシアの中で無気味に広がってゆく。いつのまにか全身が総毛立ち、我知らず彼女は、両腕で我が身をしっかりと抱き締めていた。
「キリエ」
 その時、背後から低い声がした。
 鏡の中には、刺すように鋭い目をしたイローゼが立っていた。
「無駄な話をしている暇はないはずです。お支度がすんだのならば、お下がりなさい」
「はい」
 居丈高な侍従長と視線をあわさぬようにして、そそくさと立ち上がり、鏡の中のスターシアに黙礼して、キリエは足早に立ち去った。
 あとには、イローゼとスターシアだけが残された。
「たいそうお美しゅうございます。総統閣下もさぞかし御満悦なさることでしょう」
 イローゼは音もなく近寄り、口元だけでにっこりと微笑んだ。しかし、その切れ長な瞳は、あいかわらず冷徹な光を宿したまま、間断なくスターシアを見つめている。
 身の毛がよだった。
 立ち上がりかけたスターシアの耳もとで、低い声で呟く。
「戯れ言はお忘れ遊ばしますように。御身のお為になりませぬ故」
 言いかけた言葉を、スターシアは慌てて飲み込んだ。
 イローゼのまなざしは、有無を言わせぬ非情な光があった。
「総統の間へ。お供いたします」
 スターシアは無言で顔を上げ、まっすぐにイローゼを見つめかえした。それが、せいいっぱいの彼女なりの意思表示だった。
りょうちゃん
2001年11月08日(木) 20時33分24秒 公開
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■作者からのメッセージ
ごぶさたしてますー。
すっかり秋になりましたがみなさまお元気ですか?
ごはんがおいしくてこまってしまう季節ですね! ちょっとごぶさたしていた間に、力作がラインナップされていてびっくり。
どのお話にも「ヤマト」への深い愛を感じますー。すごい!
えーと、このお話は、いよいよ女同士の宿命の対決、火花バチバチか! という感じですが、この先どうなるのでせうか。
ちょっと作者もわかりません。
ではでは。又お目にかかる時を楽しみに!

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なんと形容すればいいのか、りょうちゃんさんの文体って、格調高くて、高貴な香りがします。ちょっと古風な言葉も散りばめられていて、膨大な国語力に裏打ちされた力量を感じます。特に日本語が乱れに乱れている昨今、この作品は新鮮です。 Alice ■2001年11月14日(水) 00時34分13秒
待ってました!!ううむ、気になる!!先が気になります!!読ませますね!! 長田亀吉 ■2001年11月09日(金) 08時11分36秒
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