第14章 危惧 |
少女が人々のさんざめきの中心にいる。 かねてからの打ち合わせ通り、デスラーから若い将校の手に委ねられたスターシアは、彼に導かれるままに、帝国の主軸たる人物達の輪の中に入っていった。 「西部方面軍司令・ヒステンバーガー将軍です」 「お噂はかねがね伺っております」 「こちらは近衛艦隊を預かるグスタフ中将です」 「どうぞよろしく」 「お目にかかれて光栄です、スターシア嬢」 ある者は一礼し、又ある者は慇懃にスターシアの白い手をとって軽く唇をあてた。デスラー総統の名のもと、一糸乱れぬ鉄の規律で帝国の販路をここまでに拡げた歴戦の勇者達である。 流れるような足取りで彼等の間をぬっていくスターシアの姿を、ガルマンガミラスの武人達は、非常に大きな興味を持って検分していた。あのデスラ−総統が、自らの養女にとまで望んでいる少女である。 (確かに美しいことだけは認めざるを得まいが) (しかし、成長の暁にはさぞや…) (ゆくゆくは利権を得る何処かへ嫁がせるおつもりか?) 人々の様々な思惑が全身にからみついてくるような心持ちがして、スターシアは人知れず小さく息をついた。 「お疲れになりましたか?」 彼女をずっとエスコートし続けた将校が心配気に問うのへ、 「いいえ」 ゆっくりと首をふってみせる。 エリアズ中佐と名乗った長身の青年は、総統の親衛隊所属だと聞いた。鉄色の髪を短く刈り込み、精悍な面だちをしている。だが、その黒い瞳は、武官には似つかわしくないほどに穏やかな眼差しをしていた。彼のふとした表情が、どこか叔父の進に似ているようにも思える瞬間が、幾度かあった。しかし、彼も又ガミラス軍人であることに相違はなく、前線に出れば、自らの生命を盾として戦に身を投じるのだろう。彼の信ずる祖国と総統のために…スターシアが暗澹たる思いに捕われた時、 「お元気そうで何よりです。スターシアさま」 唯一彼女の見知った懐かしい顔が目の前に現れた。 「マンハイム教授」 「先程から遠目で拝見しておりましたが、非常に落ち着いておられる。安心いたしました」 スターシアは、未だに彼の診察を定期的に受けてはいたが、それも以前よりはずっと間遠になっていた。ただ、彼女自身が地球では医学を志していたこともあり、心情的には教授に近しいものを感じつつあった。診察の合間にとりとめもない話を交わすほどに、スターシアは彼に対して心を開きつつあったのである。 マンハイムは文官であったから、スターシアの置かれている場の微妙さを総統の側近達よりは深く理解していただろう。 ただあどけないばかりのこの少女が、果たして自らの置かれた立場の重責に耐え得るか否か、彼は密かに懸念していた。彼の見知ったスターシアは、学究肌の、内気で物静かな少女に過ぎなかったからである。 スターシアについて、マンハイムとはまた別の意味での危惧を抱いている人物がもう一人いた。 タラン将軍である。 いわずとしれた、総統の最も忠実な腹心である彼は、今夜も又主の傍らに影のようにつき従っていた。 「どうだ。あの様子では私が行く必要もあるまいな」 中央にゆったりと座し、遠目からスターシアの様子を見つめながら、デスラーは終始上機嫌だった。 「は」 いつになく言葉少なな副官を、しかしデスラーは気にとめた風もなく、グラスを煽る。 「まるで生まれながらにこの地で育ったかのようではないか。やはり血筋故か」 しかし、タランの胸中は複雑であった。 (あの少女に課された立場、その威光の強大さを、総統は誠に理解しておられるのか…) そして、彼の憂いの一番の根因は、まさにスターシアの出自そのものであった。 戦を憎み、宇宙の和平のために自らの命まで賭した孤高の女王。その血を強く受け継いだ娘が、今だ戦乱のさめやらぬこの惑星で、果たして何の葛藤も迷妄もなく生きてゆけるものだろうか? タランは独りごちる。スターシアが従順に総統の庇護のもとにある内はまだよい。だがひとたび、彼女が自らの意志を持ったその時には…。 タランの思いは深まるばかりだった。 そして、彼の危惧が現実のものとなるまで、さほどの時はかからなかったのである。 |
りょうちゃん
2001年11月11日(日) 02時09分27秒 公開 ■この作品の著作権はりょうちゃんさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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