第15章 異変 |
永遠にも思えた一夜がようやく終わった。 一体どのようにして自室に戻り着いたのか、スターシアは全く覚えていない。気づいた時には、扉を固く閉ざし、漆黒の闇の中にいた。 (ああ……) おさえきれぬ苦渋の呻きがもれ、着衣が乱れるのもそのままに、その場にくずれるように座りこんでしまう。 あの華やかな場で、自分がどのように振る舞っていたのかさえ、今の彼女には定かではなかった。平常心を保つことだけに、総ての精力を傾けていたように思う。 『折を見て正式に養女としての縁組みを果たす心算でいる』 スターシアは震える手で顔を覆った。 最早、総統の人となりを信ずることなど到底できない。 今の彼女に在るのはただ、彼へのひたすらな畏怖、それだけだ。 (わたしはやはり、ここに残るべきではなかった) いっそのこと、何も知らずにおればどれほどよかったか、かつての総統に対し、ある種の慕わしさを密かに憶えはじめていたことも、又ゆるぎのない事実だったのだ。初めて出会った時の彼の手の温もり、その穏やかな眼差しを、スターシアは今でもまざまざと覚えている。何のためらいもなく、あの手に導かれるままに生きてゆくことができれば……そう夢見た瞬間もあった。 ふと、遥か二百光年も離れた場にいるであろう叔父のことを思う。 今頃は、惑星ファンタムの調査の渦中にいるはずの古代進。 今、無性に彼の声が聞きたかった。 一体どれほどの時が経ったのか。 窓辺が、少しずつ明るくなりはじめていた。そっとカーテンを引きめくり、バルコニーに立つ。 夜はしらじらと明けはじめていた。朝まだきの冷たい風が、体をすりぬける。 恒星系の中でも、ガルマン・ガミラスの暁時は特に美しいといわれている。浅緑色の空に薄紫色のもやがかかり、えも言えぬ神秘的な表情を見せる時がある。 ようやく冷静さを取り戻しつつあったスターシアの中には、一つの決意が生まれていた。 (この目で、真実を見極めなくてはいけない) その結果、どれほどの陰惨な事実を知り、如何なる衝撃を受けることになろうとも。 最早これ以上、自らを偽ることだけはできなかった。 惑星ファンタムに派遣されていたヘルマイヤー少佐から、デスラーのもとに驚愕すべき報告が入ったのは、その数時間後のことであった。 「デスラー総統!」 帝国の誇る屈指の地質学者、重厚な面持ちのヘルマイヤーは、パネルの向こうでいつになく狼狽しきった表情をしていた。 「どうしたというのだ、ヘルマイヤー」 「はっ…。とにかく、こちらを御覧下さい」 次の瞬間、パネルに大写しにされた惑星ファンタムの光景を目の当たりにして、デスラーは息をのんだ。 薄緑色の空と青灰色の地表、そして連綿と立ち並ぶ、銀理石の壮麗な高層建造物群。 そこには、紛れもなく母星ガルマン・ガミラスの姿が写し出されていたのである。 「これは…!」 さしものデスラーも言葉を失った。 「地球そっくりだという情報は、間違いだったというのか?」 「恐れながら…この惑星ファンタムは生きている星、つまりはコスモ生命体ではないかと思われます」 「コスモ生命体?」 聞き慣れぬ言葉に、デスラーは眉根を寄せた。 「地表に探査ドリルを打ち込んで調査したところ、惑星深奥部より、夥しい量のサイコエネルギーが放出されていることが明らかになりました。おそらくはこのエネルギーが、人の視聴覚に何らかの影響を与え、幻覚を見せるのではないかと…」 デスラーの表情がみるみるうちに険しくなっていく。ヘルマイヤーの言葉をすべて聞き終わらない内に、彼は傍らの補佐官を振り返った。 「キーリング!」 「はっ」 「この惑星を破壊しろ」 押し殺したような低い呟きだった。 「は?」 一瞬その言葉を聞き咎めたキーリングが、デスラーを見上げる。総統の憤怒の眼差しが彼を貫いた。 「聞こえなかったのかね? 惑星ファンタムを破壊しろ、と言ったのだ。このデスラーと我が帝国に泥を塗った惑星を許すわけにはゆかぬ。ヤマトが脱出次第、消してしまえ!」 「は、はっ。ただちに北部方面艦隊・グスタフ中将に出動を命じます」 かつてなかったほどの、総統の激しい怒りを目の当たりにし、キーリングはなすすべもなく平伏した。 無論、古代をはじめ、ヤマトの乗り組み員は、数時間後にガルマン・ガミラスの大艦隊が、そのようなデスラーの命を帯びて、彼等の眼前に姿を現すことになろうとは、想像だにしていなかった。 |
りょうちゃん
2001年11月15日(木) 00時47分22秒 公開 ■この作品の著作権はりょうちゃんさんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 |
---|
[ 感想記事削除 ] |