第16章 告発 |
「本日付けでスターシア様のお世話をさせていただくヒルダでございます」 イローゼに伴われて、見慣れぬ黒髪の少女がスターシアの前に膝をついた。 晩餐会の夜以来、キリエの姿を見かけなくなり、訝しく思い始めていた矢先のことであった。 「キリエはどうしたのですか?」 「今朝方、急に体調を崩しました為、キリエは宿下がりいたしました。これからは、このヒルダに何でもお申しつけ下さいますように」 身内に衝撃が走る。一体何が起こったのか、スターシアは瞬時に悟った。 弾かれたように立ち上がり、イローゼの側をすりぬけようとした時、 「どちらへ行かれます」 肩にかかったイローゼの手を振払うようにして、 「キリエをここへ戻して」 「病だと申し上げました」 「そのような言葉、信じられると思うのですか?」 スターシアは、身内に沸き起こる怒りを、精一杯の思いで飲み込んだ。 「そこをおどきなさい。前を開けるよう言っているのです」 射ぬかれるかと思えるほどの鋭い眼差しに、さしものイローゼも一瞬たじろいだ。 「どうかお立場をお考え下さいませ。軽率な行動はお慎み下さいますように」 その途端、スターシアは乾いた笑い声をあげる。思いもよらなかったその反応に、イローゼはぎょっとした。 「立場? 立場とは何ですか? 貴方がたの意のままになっていよ、ということでしょうか」 最早その言葉には、何のためらいも躊躇もなかった。なおも叩きつけるように言う。 「わたしは人形ではありません。自らの意志もあれば、語る言葉も持っているのです」 頬をわずかに紅潮させ、吃とイローゼをねめつけているスターシアに常日頃のあのおとなしやかな少女の面影は片鱗もなかった。その気迫に満ちた姿に、ふいにイローゼは畏怖すら覚えた。しかし、これから先におこりうるであろう不測の事態だけは、何としても避けねばならない。イローゼも又必死だった。 「先触れもなく、総統にお目にかかることなど不可能です。どうかお留まり下さいませ!」 常の彼女とは想像だにできない、その冷静さを欠いた態度に、スターシアは一瞬、愁眉を開いた。今相対しているイローゼこそが、冷徹な侍従長の面を外した、素の彼女自身であるかのように思えたからである。 だが、この期に及んでは、どのような懇願もスターシアをおしとどめることはできなかった。 「全ての責は自分で負います。だからどうか心配しないで」 密かに心を決めた者のみが持ち得る静謐な横顔。それはわずか17歳の少女が持つものとは、到底思えなかった。 「スターシア様!」 しかし、イローゼの叫びは、最早彼女の耳には届いてはいなかった。 それ以上の言葉を失い、空しく立ちつくした侍従長の眼前で、音もなく扉が閉ざされた。 取次ぎさえ通さず、いきなり総統の執務室に現れたスターシアを前にして、タランは息をのんだ。 「スターシア様。ここは軍議の場です。如何な貴方様といえど、みだりに入室することは許されませんぞ」 「無礼は重々承知しております。ですが、どうしても今宵、総統閣下にお伺いいたしたいことがあって参りました。ここでお待ちいたします。どうか総統にお取り次ぎを」 そのさし迫った表情に気捺され、しかしなおもタランは副官の権限を持って、彼女をおしとどめようとした。が、 「よい、タラン」 室内の奥まった一角から、デスラーの声がした。 許されて入室すると、総統は書類の山積した中央の巨大なデスクに座していた。このような夜半で、さしもの彼にも焦躁の色が伺えたが、スターシアを見るやいなや、鷹揚に差し招く。 「珍しいことだな。一体どうしたのだ、このような時刻に」 「御執務の手をお止めしてしまいましたこと、どうかお許し下さいませ」 決してゆるがぬ決意をもって、ここまで来たはずであった。にも関わらず、デスラーの姿を目の前にし、その声を耳にした刹那、彼女の心は激しく揺れた。自分でも制御することのできないこの想いは一体何なのだろう、と思う。 「直接話したいこととは?」 だが、総統の冷静な声が、瞬時にスターシアを現実に引き戻した。 息をつき、まっすぐにデスラーを見すえる。 最早引き返すことなどできなかった。 「シャルバート教の信仰についてです」 タランの表情に、さっと緊張が走る。 デスラーはしばらく無言でスターシアを見つめていたが、やがて言った。 「タラン。しばらく席を外してもらいたい」 「総統!」 「スターシアと二人だけで話したいのだ」 「は…」 さしものタランも、それ以上言いつのることなど不可能だった。 席を移動し、スターシアと差し向いになったデスラーは、手ずからグラスにワインを注ぎ、手渡そうとしたが、彼女は固い表情のまま断った。だが、そのような彼女の振舞に、総統は不快感を憶えた風もなかった。 「帝国の些事については、おいおい語るつもりではいたが。しかしそのような顔つきでは、さほど悠長なことは言っておられぬようだな」 デスラーにしてみれば、スターシアを引き取ると表明した時から、いずれこのような日がくるであろうことは、容易に予測していた。 (人並みより伶俐な質であってみれば、帝国の有り様について疑念を感じるようになることはいたしかたあるまい。ただその時が、多少早まった、というだけのことだ) この時点で、デスラーはまだ、スターシアに対しては鷹揚に構えていた。 彼の唯一の誤算は、時をかけて含めば、眼前の少女がこちらの理念の側に傾く事は十分可能だと践んでいたことである。 デスラーは、ゆっくりと言葉を切り出した。 「スターシア。今我が帝国が銀河でどのような立場にあるか、わかるかね?」 「ボラ−連邦と勢力を二分し、今だ中立の立場にある惑星群を巡って常に戦が絶えず、国家間の政情は非常に不安定です」 スターシアはよどみなく答え、デスラーは頷いた。 「今はまだ施策の途上故、多少の犠牲もやむを得まい。だが我々は近い将来、必ずやボラ−を放逐し、この銀河に一大帝国を築き上げる。ガルマン・ガミラスの名のもとに、全宇宙が一つに結ばれる日がくるのだ」 だが、スターシアは頑に押し黙ったぎり、一言も発しようとはしなかった。 「スターシア。我が帝国に神は二人もいらないのだよ。この戦乱の世に尊崇すべき対象が複数あっては、国家は治まらぬ。唯一の理念のもとに人民一致せねば、銀河の統一など到底不可能だ」 「では、人は神に成り得る、と?」 「無論だ」 デスラーは何の頓着もなく答えた。 ガルマン・ガミラスにとって、シャルバート信者とは、国家の威信を賭けて排除せねばならぬ異端の徒であった。しかし、イスカンダルという星にその生を受け、地球で育った少女が、何故そのような理念に共鳴することができるだろう。生まれながらに二つの異なる血筋を合わせ持つ彼女にとって、異も同も、全てを従容と受け入れることこそが、自らの生の証だったのだから。 スターシアは目を閉じた。この瞬間彼女は、眼前のデスラー総統との間に、最早超え難い巨大な隔たりがあることを、まざまざと感じ取ったのである。 |
りょうちゃん
2001年11月15日(木) 10時18分17秒 公開 ■この作品の著作権はりょうちゃんさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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対等の存在を認められないのは、統治上の必要性云々以上に、総統の血の中にある本質そのもの。だから、それに相応しい相手が現れたときには、妥協も和解も全くできない…何だか、大変な展開を想像してしまいますが、面白いです。頑張って下さいね。 | ゴーシ | ■2001年11月16日(金) 08時07分56秒 |
登場人物の声が聞こえてきます。いい感じです。ラジオドラマとかになればいいなあ。 | 長田亀吉 | ■2001年11月15日(木) 19時44分59秒 |
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