第18章 叛逆
 デスラーとの通信を切った後、ヤマトの第一艦橋は水をうったように静まり返っていた。総統と完全に袂を分かった今、乗り組み員の誰もが憂えたことは、帝国に残してきた一人の少女の運命だった。
「艦長! 何故スターシアをガルマン・ガミラスに置き去りにしたのですか?」
 憤懣やるかたない口調で口火を切ったのは土門竜介であった。
「言うな、土門」
 たしなめたのは真田である。土門の言葉が今の古代にとって、どれほど大きな痛手か、彼にはよくわかっていた。
「ですが・・!」
「今さら言ってもどうなるものでもない。あの折、艦長はスターシアにとって、最良と思える選択をしたんだ」
 当の古代は、だが誰の言葉も耳には入っていないかのようであった。
 何故スターシアを、ガルマン・ガミラスに残してきてしまったのか。最終的な決断を下したのは他でもない自分自身である。誰に言われずとも、その責の重さはよくわかっていたつもりだった。しかし、
(このような仕儀になることがわかっていれば…)
 たとえどのような手立てを使っても、決して彼女を置き去りにはしなかっただろう。激しい悔根の念が古代の身内を激しく苛む。
 デスラーに具申したことについては、全く後悔はしていない。
 だが一方で、この一件が引き金となり、デスラーとスターシアとの間に、何らかの波紋を引き起こすことになるのでは、という密かな危惧が、彼の中には芽生えていた。
(しかし、よもやデスラーがそのようなことは…)
 打ち消そうとしても、不吉な思いばかりが脳裏をよぎる。
 古代がひたすらに願うのは、姪の身の安寧、ただそれだけであった。

 扉が固く閉ざされ、スターシアはただ一人、室内に取り残された。
 物音一つせず、深閑としている。
 ゆっくりと長椅子に腰を下ろした。
 不思議と涙は一筋も流れなかった。
 悲しみや怒り、恐れや戦きといった感情は、今の彼女には全く欠落しており、ただ深い疲労だけが、ひたひたと身内を満たしていった。

 入り口の方で人の気配がし、はっと身を起こす。
 いつの間にか、深く眠り込んでしまっていたようだった。
「スターシアさま!」
 入ってきたのは、切迫した面持ちのイローゼだった。
「タラン将軍から全て伺い、内密に参りました」
 そのままスターシアの前に跪き、
「ただちに総統にお取りなしをお願いいたしましょう。及ばずながら、わたくしも御同行いたします故」
 日頃の冷静沈着な彼女とは別人のような、緊張しきった表情である。その様子を目の当たりにして、スターシアは今さらながらのように、自分の言動が周囲にどれほど多大な影響を及ぼしてしまったのかを思い知った。
 だがしかし、何故今さら自分の決意を翻すことなどできるだろう。やはり彼女は、あの母の血を色濃く受け継いでいたのだ。自らの意志を貫くためには、死すらも厭うことはなかった。むしろ、権力に屈して自らを偽ることは死よりも辛い恥辱に等しい。
 そのことを、この孤独な一夜の間に、彼女はそれこそ骨身にしみるようにして、我と我が身とに刻み込んだのだ。
「スターシアさま! 今御自分がどのような立場におられるのか、わかっておられるのですか?」
 押し殺したように低い声でイローゼが叫ぶ。すぐ隣の間には衛兵が控えている。これ以上声高になるわけにはいかなかった。
「ええ」
 イローゼは激しく首をふり、スターシアの両手を強く掴んだ。
「いいえ、わかってはおられません。総統の御意志に反するということは、言わば国家に対する逆賊行為、御身の上にどれほど惨い咎が掛かるか、お覚悟の上だというのですか?」
「よくわかっているわ、イローゼ。この地では、異端者は死をもってしか自分の意志を貫くことができない、ということは」
 スターシアは静かに言った。いささかの怯えも憂いもない、その淡々とした口調にイローゼは圧倒された。
(この方は一体……)
 思わず、必死さのあまり力まかせに掴んでいたスターシアの手を、ゆっくりと離してゆく。
「イローゼ。キリエは死んだのね?」
 スターシアの青い瞳は、静かに澄んでいた。
 その真摯な眼差しを受け止めることができずに、イローゼは思わず目をふせてゆく。
「どうか本当のことを教えて。わたしには、もう失うものは何もないのだから」
 この期に及んで、もうこれ以上隠しだてすることなど、できようはずもなかった。 侍従長は力なく頷いた。
「いたしかたございませんでした。最後に一目だけ、スターシア様にお目にかかりたい、と。到底許されることではありませんでしたが」
 それ以上の言葉は続かず、項垂れる。冷徹さを恐れられた侍従長の姿は、そこにはかけらもなかった。彼女も又、帝国の有り様の矛盾に、密かに苦悶を感じていた一人だったのかもしれない、とスターシアは思う。
(キリエ。わたしももうすぐ、貴方のもとへいきます)
 志半ばにして逝ってしまった、うら若い少女の魂が平穏であるように。
 スターシアは密かに祈った。
 



 


 

 

りょうちゃん
2001年11月17日(土) 21時07分25秒 公開
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■作者からのメッセージ
いよいよ、「殿中でござる!」という感じでしょうか。
キリエというキャラクターは、線の細い薄幸の少女、という感じで、個人的にはとても思い入れがあります。はかなげなんだけど、でも、きちんと自分の意志を持っていた子なので。ガルマン・ガミラスという地に生まれなければ、幸せない生を全うしていたかもしれません。

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