第19章 出奔 |
「失礼いたします」 「タランか」 明け方近い刻限であったが、果たして総統は、タランの想像通り一睡もしてはいないかのようだった。 座したまま、傍らの小机の上には、最早半分以上空けられた酒瓶とグラスとが置いてある。ゆったりとした夜着姿ではあったが、髪も乱れ、常日頃の彼からは想像できない、憔悴した姿であった。 「少し御酒が過ぎておられるのでは。御体にさわります」 「そうか・・そうだな」 タランがグラスに手をかけるのを、陰鬱な眼差しで見遣る。 「スターシア様をいかがなさるご所存で?」 タランが恐る恐る問う。 総統はしばらく沈黙していたが、ややあって答えた。 「彼女の発言は私と帝国に対する重大な不敬罪だ。鵜呑みにするわけにはゆかぬ」 重い口調であった。だが、そこから先の決意を目の前の腹心に話したものか、彼にしては珍しく考え倦ねているかのようだったが、やがて、 「公判にかけてしかるべきだろう」 「こ、公判とは、しかし!」 タランは激しく動揺した。公衆の面前でその罪科を暴きたてる、満場一致で極刑の要求は免れないであろう。しかし、いかにその咎が重いとはいえ、今だ17歳の少女に課すには、あまりにも惨い処遇であった。 「彼女に正式な裁きの場を与えるだけでも、せめてもの温情とは思わないかね?」 (しかし、かつてはあれほど思いをかけられた方を・・) タランは思わず言いかけた言葉を慌てて飲み込んだ。 その容赦のない言葉とは裏腹に、総統の表情にありありと苦渋の色が浮かんでいるのを見てとったからである。 すさまじいまでの怒りの情が冷えきった後、デスラーの内に残ったのは、ただひたすら苦い苦根の念であり、スターシアへの愛憎半ばする思いであった。 一度は完全に失われてしまった魂が、思わぬ僥倖で再び眼前に立ち現れ、一瞬、運命を信じた。今度こそは己が手で大切に守り、その行く末を見届ける決意を固めていたのだ。 あの少女と出会ったことで、デスラーはそれまでの自分の内面がどれほどに枯渇し、飢え乾いていたかを思い知ったのだった。 (しかし、所詮は相入れぬということか・・) 半ば自虐的に思う。 ガミラスとイスカンダル。世代を超えてもなお、互いの相克が消える事はないのか。 だが、自分に近しい存在故に決断を鈍らせては、側近の信頼を失い、それがひいては帝国全体の士気にも関わってくるであろう。 最早退くことなど不可能であった。 「本日中にスターシアを帝都から出奔させ、一時キールの居館に身柄を預けるように。公判の期日は追って告知する」 「は・・」 『統治者』は己が内に潜む迷いを、果断にも全て断ち切ったのである。 総統の命を受けたキーリング補佐官が、スターシアの居室に姿を現したのは、その数刻後のことであった。 彼の姿を認めるや否や、スターシアは静かに立ち上がった。背後には、了承を得て、ずっと彼女に付き添っていたイローゼが控えている。 「スターシア様におかれましては、本日付けをもって、直ちに首都を出奔され、すみやかにキールの居館にお移り下さるように。その際、供回りの者は侍女を一名、あとはこちらが警護いたします」 よどみなく流れるキーリングの言葉には、いささかの憐憫も、又同情めいた感情も一切含まれてはいなかった。 「では、わたくしが御一緒に参ります」 イローゼが、スターシアを背後に庇うようにして、前に進みでる。 その思いもよらぬ行動に、少女は一瞬我が目を疑った。 「いえ。イローゼ侍従長には帝都に残っていただきたく」 「しかし、わたくしは」 「もとの任におもどり下さる様。これは総統のお言葉です」 冷厳な補佐官は、いささかも動じた風もなく、スターシアを見遣り、 「装飾品の類はいっさい許されておりません。全てお外しになるように。その上でこちらの衣服にお着替えを」 キーリングは小姓に捧げ持たせていた一着の簡素な衣服をスターシアに手渡した。 「10分程お待ちいたします」 |
りょうちゃん
2001年11月19日(月) 01時04分26秒 公開 ■この作品の著作権はりょうちゃんさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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総統も相当悩んだみたいですネ(汗) 個人的に”3”は、ほとんど見ていなかったので、これからの展開を”私の中の3”として楽しみにしています。 | なんぶ | ■2001年11月22日(木) 13時55分20秒 |
はじめまして。この相容れぬ運命を持つお二人さんのその後の展開が気になりますね。あははは・・・・(;^_^A | 麻衣 | ■2001年11月21日(水) 21時39分30秒 |
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