第20章 確執
 しとどに雨が降っている。
 スターシアは先程から窓辺に立ち、外の木々が冷たい雫に濡れそぼり、薄青い霧が大地から立ちのぼるのを、飽きる事なく見つめていた。
 帝都から、ここキールに移されてから、一両日が経っていた。もとは将官の保養用途に建てられた郊外の居館である。彼女に与えられたのは居間と寝室、そして控えの間の三室のみ、帝都での待遇には到底及ぶべくもないが、しかし、現在のスターシアの身上を鑑みれば、異例とも思える処遇であった。
 傍らには、ずっとヒルダ一人が付き添って来ていたが、固く口止めをされているらしく、必要最低限の言葉以外交わすことはない。年の頃はキリエとさほど変わらないであろうこの少女と心を通わせることなど、到底望めそうもなかった。外からの情報は一切遮断され、訪れる者とて無論あるはずがない。
 今となっては、彼女の生存の有無は全て総統の意志如何にかかっており、虜囚にも等しい、寄る辺ない身の上である。
 ここへ護送されたあの日、エアカーの前に立っていたのは、エリアズ中佐だった。いたましげにスターシアを見つめていた彼の眼差しを、彼女は今でも忘れる事ができない。
「総統命令により、キールまで護衛いたします。どうか御安心下さい」
 その誠実な言葉に、しかしスターシアはただ黙って頷くことしかできなかった。一切の私語を交わす事は禁じられていたからである。だが、彼が共に在てくれる、ただそれだけのことで、キールまでの道程が、心情的には幾らか楽になるように思えた。
 今となっては、総統の間近で過ごした日々が、うたかたの夢のようにすら思える時がある。しかし、周囲から完全に隔絶された今の立場にある方が、スターシアの心情はよほど平穏であった。
「スターシアさま」
 その時、聞き覚えのある低い呼び掛けの声が、ふいに彼女の物思いを打ち破った。ゆっくりと振り返る。
「タラン将軍!」
 いわずと知れた、総統の最も信頼篤い腹心、帝国の誇る気鋭の軍人が、苦渋の表情を浮かべたままそこに立っていた。スターシアは息をのんだ。
「よく…よくここにおいでになることができましたね」
 その後は言葉が続かなかった。
 では、いよいよ沙汰の下る時がやってきたのだろうか。覚悟を決めていたこととはいえ、やはり身内の戦きを抑えることはできず、思わず拳を握りしめる。
「お変わりはございませんか」
 だが、タランの声音はスターシアを気遣うかのように、あくまでも穏やかであった。
 彼の目に写ったのは、必死に平静さを保とうとはしているものの、やはり内心の動揺を隠しきれない少女の姿であった。その表情は緊張に固く強ばり、唇を痛いほどに噛み締めている。
 ただ一人残された女王の忘れ形見、王家の血を引いているといえど、やはりその実は、今だうら若い十七歳の乙女にすぎないのだと、タランはひとりごちる。このような特異な出自でなければ、あるいはこの少女は、もっと平穏な人生を送ることができたのではないか…そう思うと、彼のスターシアへの憐憫と同情はいや増すものがあった。
 タランは少女にゆっくりと歩み寄り、
「スターシアさま。これから私が申し上げることを、どうか御心穏やかにお聞き下さい」
「…」
「今ならば、まだ間に合います。どうか今一度、総統に恭順の意をお示し下さい。さすれば後はこの私が、身命を賭して、必ずや総統に具申申し上げます」
 スターシアのはりつめたような青い瞳が、タランの真摯な眼差しと絡みあった。
 前夜のデスラーの苦悩と憔悴を慮っての、彼なりの苦慮の策であった。もとより、単身キールに赴いたことは内密の上である。このような事実が発覚すれば、総統の逆鱗に触れることは必至であろう。にも関わらず、やはり彼は行動を起こさずにはおられなかったのだ。あのような形で、スターシアとの絆を完全に断ってしまうことは決して総統の本意ではない、という確信が、タランにはあったのである。
 だが、その必死の説得にも関わらず、スターシアは力なくかぶりをふった。
「スターシアさま!」
 少女は青白い顔のまま、ひっそりと微笑んだぎり、最早何も言おうとはしなかった。
 一瞬、奇妙な静けさが二人の間に流れる。だがタランは諦めず、なおも、
「時がありません。総統は今夕、艦隊を率いてスカラゲック海峡星団へ出立されます。帰国の後、すみやかに貴女の公判を執り行うとの厳しいお言葉です。スターシアさま、ただ一言でよろしいのです。過日の発言は誤りであったと」
「誤りとは思っておりません」
 ひそやかではあったけれど、しかしそれは断固とした口調であった。一瞬狼狽したタランに向かって、
「総統御自ら艦隊を率いてとは、又新たな戦が起きるということでしょうか」
 タランは観念したように口を開いた。
「ヤマトが、シャルバート星のルダ王女を保護した、という情報を入手しました。我が帝国は王女の引き渡しを要求しております。ボラ−艦隊も、続々とかの地に集結しつつあり、最早わずかな猶予も残されてはおりません」
(では、やはりヤマトと、とうとう…)
 新たに知らされた冷徹な現実を前にして、しかし今の彼女は最早激高する気力も残されてはいないようだった。
「そしてシャルバートも又、銀河系の統一という大儀の前に蹂躙されるのですね。かつてのガミラスが、地球に容赦なく手を下したように」
 その言葉は冷静ですらあり、スターシアの表情には眉一筋の変化もなかった。
「わたしにできることは、やはりこの身をもって、我が意の証を立てることだけのようです」
「スターシアさま…」
 今度こそタランは、完全に言葉を失った。

 そしてスターシアは、又唯一人になった。
「おかあさま…」
 その口の端から、思わぬ人の名がもれる。
(わたしを不肖の娘と思われますか? それとも、再び出会うことができたら、あたたかく迎えて下さるのでしょうか。おとうさまも共に)
 記憶の中の母の姿は、すでにおぼろげなものになりつつある。
 母の美しさは至高だった、と誰しもが言う。風にも耐えぬような、なよやかな風情ではあったけれど、決して揺るがぬ己を持った女人だったと。
 デスラー総統と母との間に、かつてどのような感情の行き来があったのか、今となっては知る由もない。しかし、総統の言動の端々から、彼の母への想いを痛切に感じられる時があった。それは単なる「友情」と呼ぶには些か深く、切実にすぎるようにスターシアには思えたのだ。
 彼が自分を見つめる時の眼差しが、時にはスターシア自身を通り越して、彼女の中に息づいている幻影に向けられているのでは、と思うことも一度や二度ではなかった。
(あの方にとって私の存在とは、実のところ、母の現し身に過ぎなかったのかもしれない)
 そう思った瞬間に、身内を深く突き刺されたような感覚に囚われた。それは、今の今まで、彼女自身想像だにしなかった鋭い痛みであった。
 この確執は、母から引き継いだ、最早逃れようのない運命とさえ思える。
 あの孤高の武人と出会ってしまった以上、いつかは必ずこのような時を迎えねばならなかったのだと。
 知らず知らずの内に、彼女の頬には幾筋もの光るものが流れ落ちていた。
それが何ゆえの涙なのか、恐らくスターシア自身、明確に理解することはできないままに。

 そして宇宙では、銀河を二分する決戦の火蓋の幕が、切って落とされようとしていた。
 













 
 






































りょうちゃん
2001年12月03日(月) 23時59分42秒 公開
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■作者からのメッセージ
どもども。
何か1章がどんどん長くなってますけども。
後先考えないから、こういう構成になってしまうのですね。
どうしよう。うううう。
個人的には、タランというキャラクターはすごく好きなのです。人情味のあるおじさん、という感じで。ただああいう性格だから、総統の前ではいろいろ苦労も多いと思うのですが。しかし、組織には不可欠の人間、という気がする。
皆様はどう思われますか?

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ヒゲのおじさま、タラン将軍って、単なる腰ぎんちゃくではなく、実はすんごくいい人なのかも…。しかし、たった一人でこんな重圧に耐えなければいけない17歳のスターシァがおいたわしい。 Alice ■2001年12月10日(月) 22時08分11秒
タランという影の存在がいて、総統がいる・・・感じがします。(^_^) 私もタランは好きですね。 麻衣 ■2001年12月08日(土) 00時24分37秒
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