第22章 再会 |
ヒルダに伴われ、おそるおそる室内に入る。 そこに立っていたのは、まぎれもなく総統自身だった。 気配に気付いて振り返ったデスラーの目を、まともに受け止めることができず、そのまま立ち尽くしてしまう。 眼前にいるのは、まなざし一つ変えず、彼女をこのような過酷な境遇に追いやった当の本人であった。にもかかわらず、その姿を眼前にした時、帝都を放逐されて以来、抱き続けてきた彼への恨みや恐れが、スターシアの中でわずかに薄れてゆくのを感じた。 タランから、総統自ら出陣する旨を聞いた時、瞬時に彼女の胸をよぎったのは、ひたすらに彼の安寧を案ずる思いだけであったように想う。自分でもおさえがたいこの感情に、彼女自身激しい戸惑いを感じていた。 「スターシア」 聞き慣れた、低い声が彼女を呼ぶ。 視界がかすみ、スターシアは思わずかぶりをふった。 全身が、かすかに震えているのがわかる。 たとえ今この場で、彼自身の手によって断を下されようとも、後悔はない、と思った。むしろそのような形で最後を迎えられるのならば本望だった。 「もう二度と…お目にかかることはないのではないかと、思っておりました」 必死に、感情をおさえようとしたにもかかわらず、声の震えを隠すことはできず、そのままうつむいてしまう。 デスラーの目にうつったスターシアは、最早かつての、あどけなく愛らしいだけの少女ではなかった。 襟刳りのつまった白い長衣を身につけ、装飾品一つつけてはおらず、帝都にいたころとは及ぶべくもない簡素な出で立ちである。背にかけて流れる白金の豊かな髪は陽光にすけるようで、その華奢な面と相まって、今のスターシアは、どこか精霊めいた透明な印象をデスラーに与えた。 (この少女は…) 最早しかし、そのような呼称は、今の彼女にはふさわしくなかったかもしれない。 どうやら、過酷な幽閉の日々が彼女の魂に与えた影響は、はかりしれないものであったようだ。今の彼女は、実年齢よりもずっと大人びて、その全身からは、どこか侵し難い威厳のようなものすら感じられた。その青い瞳は不思議な陰りを帯び、思いつめたようにじっとデスラーを見つめている。 「スターシア、私はたった今、この目でシャルバート人の生き様を見てきたよ」 スターシアの唇が、驚愕にわずかに開かれた。 「あれほどの強大な武力をもちながら、彼等は戦うことを敢然と放棄した。自らの命を賭した行為だ。ガルマンガミラスがそのような道を歩めるとは、現時点では到底言えない」 スターシアは、固唾をのんでデスラーの言葉に聞き入っていた。 「我が民を、決してあのような脅威にさらすわけにはゆかぬ。その為にも、私はボラ−をたたく。徹底的にな」 スターシアの胸の内に、再び暗澹たる想いが広がっていった。やはり総統が戦人であることに全く変わりはない。それが彼の、永劫変わらぬ信念であるならば、最早自分に何ができるというのだろうか。 そのような少女の表情を見て取ったデスラーは、しかし淡々と言葉を続けた。 「スターシア。戦乱の地に生きるには、やはり君はイスカンダル人なのだよ。たとえ私が、どのように言葉をつくしたとしても、到底理解はしてもらえまい」 「…」 「だがしかし、いつか私が全銀河に恒久の平和を打ち立てた時…あのような無辜の民としての生き方を選ぶ事ができれば、と想う。それがいつのことになるのかは、想像もつかぬが」 スターシアは一瞬、耳を疑った。その言葉は、確かにかつての彼のものとは、明らかに異なっていたように思えたのだ。。彼女の固く閉ざされた心に、この時初めて、わずかながら一抹の光がさしこんだ。 少女はようやくここにきて顔をあげ、まっすぐにデスラーを見つめた。 「スターシア。これが、私の偽らざる心情だよ。…君にこのような過酷な処遇を課した私だ。どのような憎悪も恨みも、甘んじて受けよう。やはり袂を分かたねばならぬ、ということであれば、それは君の自由だ。自分の意志が命ずるままに生きるがよい。」 そこまで言って彼は、踵をかえし、振り返りざまに言った。 「又改める。その時までに、心を決めておいてほしい」 |
りょうちゃん
2002年02月10日(日) 21時49分14秒 公開 ■この作品の著作権はりょうちゃんさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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そうね〜、あのデスラーですものね…。散々戦った後に「僕達に必要なのは愛し合うことだった!」…なんて言えないでしょうね。格調高い文章gデスラーによくマッチしていると思います。 | Alice | ■2002年02月11日(月) 23時49分47秒 |
待ってました!今回も読ませますね。デスラーやスターシアの表情が、実際に見えるような描写が素晴らしいです。 | じゅう | ■2002年02月11日(月) 11時52分28秒 |
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