第24章 思慕
 アカデミアの学舎の中に足を践み入れた時、スターシアが感じたのは、やはり周囲の好奇に満ちた眼差しだった。肩のところでふっつりと切りそろえられた白金の髪、すきとおるような白い肌と、見る者に強い印象を遺す蒼い双眸。それらは決してガルマン民族には持ち得ないものであり、広大な学び舎の何処にいたとしても、彼女を周囲から際立たせずにはおかなかったのだ。
 だが、そこまでだった。
「総統の後見を受ける」という威光は、実際のところ、アカデミアのでは何の功も成さなかったのである。
 そしてそのことが、スターシアを本来の彼女に立ち返らせた。
 ここでは性別や國境を超えて、誰もが等しく皆、学究の徒であった。
 列強と肩を並べるに至ってはいたが、ガルマンガミラスは、やはり銀河系の中で今だ新興国家にすぎないのであり、デスラー総統という強大な求心力を失えば、いつ又、その土台が崩れるかしれない危うさを、常に内包していたのである。
 優秀な人材の育成こそが、国家の急務であった。マンハイムを筆頭に、帝国の誇る優秀な頭脳を集結させたアカデミアは、ガルマンガミラスの最高学府であり、そこで学ぶ若者たちは、帝国の将来をになう重責を追った者ばかりであった。
 特別の恩赦によって、中途入学することができたものの、いきなりスターシアが高度な専門過程を学べるわけもない。マンハイムの配慮によって、まずは基礎過程を含む一般教養を修めることになった。
 しかしそれすらも、彼女にとっては苦闘のはじまりだった。
 不眠不休の厳しい勉学の日々が始まり、スターシアは学究に埋没することで、それまでの全ての憂慮を忘れた。
 
「御無沙汰しております」
 午後の遅い日ざしが、学舎のホールの中にさしこんでいた。
 半年ぶりに再会したスターシアを前にして、エリアズ中佐はどこか眩しいものを見るように目を細めた。 
 紅も引かず、飾り気のない姿である。しかし、少女の頬には淡い血の色がさしそめており、野に咲く花のような清廉さがあった。人形のように美しくはあったけれど、どこかつくりものめいて、生気のなかったかつてのスターシアとは、別人のようだったのだ。
 その日、スターシアは突然総統府からの呼び出しを受けた。
 事情もわからぬままに、慌ただしく出迎えのエアカーに乗り込む。
「総統直々のお呼びとは、何かあったのでしょうか?」
 不安気に問うのへ、
「申し訳ありません。私は何も存じあげないのですが」
 だが、若い青年将校は、スターシアの懸念を振払うかのように明るい笑顔を見せた。
「総統は、折りあらば、スターシアさまのことを口にされます。これほど長くお手元から離して、よほど御心配なのかもしれません。久しぶりにお目にかかりたいのでは」
 今の彼は、総統直属の親衛隊員に抜擢されており、その端近に仕える身上であった。
 時には素のデスラー自身を垣間見ることもあるのかもしれない。
「そう、ですか…」
 窓に頭をもたせかけたまま、ため息と共にぽつり、と呟く。
 そのまま押し黙っていたが、ふいに、エリアズが問うた。
「アカデミアは如何ですか?」
「あそこでは誰も、私を異邦人としては見ません。とても自由だわ。出自や肌やの色で嘲弄されることもないもの。」
 二人だけという気安さゆえか、スターシアの言葉は、いつもよりずっと打ち解けたものになっていた。ひさしぶりに再会した中佐の、常に変わらぬ暖かな眼差しが、彼女の心情的な隔てを取り払ったのかもしれない。
「御自身の血筋を疎んでおられる、と?」
 その語調は穏やかではあったけれど、しかしその鋭い問いに、スターシアはすぐに答えることはできなかった。
 ややあって、慎重に言葉を選びながら、
「わからない。ただ、生まれた時から、ずっとそのようなしがらみの中で生きてきたような気がして。自分の中に流れる血を、絶やしてはいけないのだ、と。総統は決して何も言われないけれど…」
 アカデミアでの在籍期間は3年と定められていた。その後は速やかに総統府に戻ることを、デスラーはスターシアに約定させていた。その後は…その後は自分は又どのような処遇におかれるのだろう。ふいに目眩がするような思いがして、スターシアは目を閉じた。
 しかし、エリアズのきっぱりとした言葉が、車内に響いた。
「貴方は貴方です。スターシア。それ以外の何者でもない。イスカンダルの血筋が何だというのです?」
 スターシアは思わず顔を上げた。
「あなたは…あなたは、他の人とは違うことをおっしゃるのね」
 スターシアは、まるで今はじめて会いまみえた人に対するかのように、バックミラーにうつる青年の顔を見つめた。だが、彼の黒褐色の眼差しは、間断なく前方を見据えており、スターシアの表情の変化には全く気付いてはいないかのようだった。
「自分の中に確固たるものがあれば、何に囚われることもありませんよ」
 その淡々とした言葉が、一言一言、痛いほどにスターシアの胸に響いた。
 思えば彼は、あのキール行きの時でさえも、スターシアに対して少しも頓着することはなかったように思う。その後も、時として慇懃ともいえるほどの態度で彼女に接し続けてはいたが、しかし、その誠実さは常に変わることはなかった。
 エアカーは滑るように、帝都へのチューブラインの中を走っていく。だがその瞬間、スターシアの目には飛ぶようにうつりかわる景色も、何も写ってはいなかった。彼女は、ただ、眼前に座ったエリアズの背だけを見つめていた。
「いかがされましたか」
 スターシアの沈黙を気遣うかのような眼差しを、バックミラーごしに向ける。
「御気分でも?」
「いいえ、何でもありません」
 スターシアは、慌てて視線をそらした。
 その時、彼女の胸の内には、エリアズに対する想いが、確かに芽生え始めていた。
 それは、「恋」と呼ぶにはあまりにもあえかで、拙いものではあったけれども。


PICTURE BY みもざ in水晶宮

りょうちゃん
2002年04月12日(金) 22時10分34秒 公開
■この作品の著作権はりょうちゃんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 みなさん、お元気ですか?
このお話も、いよいよ差し迫ってまいりましたが、今回、すばらしい絵をいただくことができました!
 作者は、みもざさんとおっしゃいまして、御自身も「水晶宮」というサイトを持っておられ、コウベにもリンクされています。
 みもざさん、本当に本当にありがとうございました!
こんなにうれしいのって、ほんとーに久しぶりです…

この作品の感想をお寄せください。
いいですね〜。りょうちゃんさんの宮廷ロマンとみもざさんの透明感のあるイラストが、素敵なハーモニーを奏でています。普通の日常を送れる幸せ、きっと短い間なんだろうけど、よかったね、スターシア。 Alice ■2002年04月13日(土) 18時23分03秒
うう、良かった、ちゃんと表示されて(笑)テキストもイラストも力作です。センスのあるものをみせていただいたという気がしてます。恋の予感みたいなものというのは、人間の観察力がないと上手にかけませんからね。りょうちゃんさん、さすがです。みもざさんのイラストは、相変わらず高貴で美しいですね。素晴らしいです。また、コラボレーションすることがあればお二人ともよろしく!! 長田亀吉 ■2002年04月12日(金) 22時44分51秒
お名前(必須) E-Mail(任意)
メッセージ
戻る
[ 感想記事削除 ]
PASSWORD