第三話『 月面憂歌 』(BLUES ON THE MOON) |
そもそものことの起こりは、あるブラックタイガー(以後、BT隊と表記)隊員と伊庭とのポーカーゲームだった。 勝負は大方の予想通り、BT隊員が伊庭を食い物にして終わった。 だがあろうことか、自らの負けに逆上した彼は腹いせにこの事を艦長代理に上申したのだ。 正直、古代は困った。 もちろん表向き、艦内での私的な賭け事は禁止だ。 だが娯楽の少ない艦内では、勤務に支障のでない限り、賭博は事実上黙認されていた。 しかしこう正面きって告発をされれば建前上、当事者達を処分しないわけにはいかない。 こうして双方には合計100時間の当直勤務割り増しと、罰金200TC(テラ・クレジット)が言い渡された。 喧嘩両成敗といった形を取っているのだが、実質、そうではない。 伊庭の方は自らその罪を告白し、(その動機はさておき)反省をしたとして規則によりその罰の三割を免除されることになった。 もちろん賭の負け分もチャラだ。 伊庭の判定勝ち、といった所だろう。 抜け目のない彼はこれを狙っていたのだ。 だが、彼は一つだけ読み違えを犯していた。 伊庭はBT隊員の結束の堅さを分かっていなかった。 そしてもちろん、彼らがこの事態を指をくわえて黙って見ている筈がなかった。 「いいか、野郎ども!」 BT隊の隊長、加藤三郎は胸を反らすと全隊員を前にして演説をぶった。 賭け事など皆やっているではないか! なぜ彼だけが罰せられなければならないのだ。 だが、彼は不平も言わず黙ってその罪を被った。 実に男らしい。 だが、イカサマをしたならいざ知らず、正当な勝負をして、卑怯なタレコミをされて、その上に賭の勝ち分までご破算にされた。 馬鹿にするのもいい加減にしろ! 彼はむしろ被害者だ。 だが汚い密告者は我々の仲間より罪一等を減じられ、のうのうと、大手を振って歩いている。 納得がいくか? 納得がいかないッ!! 「で、あるからして。 艦の最高責任者が正義を行わないのならば、我々がそれをするまでだ。・・・栄えあるBT隊の流儀でな。」 そこまで言うと彼は凄みのある顔でニヤリと笑った。 「伊庭の野郎をシメ上げろ!!」 隊長の締めの言葉に隊員達がどっと沸き上がった。 そうだそうだ。あの野郎、ぶっとばして半殺しの目にあわせてやれ! いや、手ぬるい! エアロックから酸素マスクだけで放り出し、裸で宇宙遊泳をさせてやれ! エトセトラ、etc・・・。 隊員達は久しぶりに殺気立っていた。 (久しぶりに暇つぶしのネタができたと喜んだ、と言った方が正確だろうか・・。) そんな隊員達を頼もしげにながめる加藤の姿を見て、山本明はため息をついた。 普通こういう時は、隊員をなだめに回るのが隊長の役目じゃないのかなぁ、と。 結局その後、作戦会議が開かれ、 (といっても伊庭をどうやってとっちめるか、というだけの話し合いだが・・・。) そして伊庭を拉致する刺客として送り込まれたのが、 (といってもクジ引きで選ばれ、面倒な役目を押しつけられただけ、なのだが・・。) 山本明という訳だった。 だが隊のメンツとか、賭け事に対するこだわりなど、これっぽっちも無い山本からしてみれば。 この任務は勘弁してくれと言う他は無かった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『だいたい、マジでおれ達に勝負する方がどうかしているんだ・・・。』 夜勤当直明けで眠い目をこすりながら、山本明は伊庭を呪った。 賭け事に関して、ΒΤ隊員と他の乗組員たちとではどだい年季が違うのだ。 もっともΒΤ隊員に限らず、地球防衛軍ファイターパイロットの連中には筋金入りのギャンブラーがそろっていた。 それはなぜか? 『ちゃんとした理由があるのさ・・・。』 立て続けに出るあくびをかみ殺しながら、彼は心の中に浮かんだ疑問にそう答えて見せた。 数十年以上も前から、地球防衛軍での戦闘機乗りの仕事といえば、もっぱら防空迎撃任務に限られてしまっていた。 しかたがない、といえば仕方がない。 圧倒的な敵戦力の前では、積極的に撃って出るなど自殺行為に等しいからだ。 その結果、彼ら戦闘機乗りの日常生活といえばこうだ。 基地の狭い待機室で、同じ顔を毎日毎日突き合わせながら、いつ襲って来るかも知れない敵を待ち続け、 いざその時がきたなら、そいつらと命を削るやりとりをし、 それが終わるとなじみの顔の何人かは確実にこの世から去っていた。 (戦闘機乗りほど死傷率の高い兵科は無いのだ。) そしてなじみだったそいつらの顔を思い出しながら、やがて自分にも訪れるかも知れない戦死の瞬間に思いをはせる・・・。 それでもまだこれが勝ち戦ならば、 明日に希望の持てる戦いならば我慢が出来る。 だが敗色は濃厚。 負ければ人類が全滅という、悪夢のごとき現実が待っていた。 まったくやってられないの一言だ。 そんな心の憂さを晴らすため、戦闘機乗りたちの間で流行りだしたのが賭け事だった。 最初のうち、風紀上好ましくないと口をだしていた軍上層部もそのうち黙って見逃す様になっていた。 酒を飲んで暴れられたり、薬物に溺れたり、ましてや喧嘩による殺傷沙汰よりマシだと判断されたのである。 事実、賭け事にありがちな金銭上のトラブルは全くといっていいほど無かった。 よく考えてみれば当たり前だ。 地下でモグラの様な生活をするしかない、今の地球で金持ちのなる意味がどこにある? 生活必需品は全て配給制であり、贅沢しようにも地下都市での娯楽など限られて、金を掛けて楽しむべき物などありはしない。 金があっても使い道が無いのだ。 それにこれは・・・皆、おおっぴらには言わなかったが、イスカンダルからのメッセージが届くまではほぼ全ての人間が漠然と感じていたことだ。 どうせ地球に未来はないのだ。 いかに大金を掴もうと、所詮、金は墓場へは持っていけないのだ、と。 やがて不思議な事であったが、賭け事の勝ち負けに集中する事によりストレスが発散されるのか? パイロットたちの暴力事件は目に見えて減少していった。 そしてこれに目を付けた高級将官たちは、あろうことか、ギャンブルををひとつのリクリエーションとして奨励すること事までするようになった。 ここに至り、地球連邦航空宇宙軍では賭博が公認の娯楽として、一つの伝統文化として定着する事になったのである。 そして、それは今だに健在なのだ。 山本が訓練学校、操縦士養成コースを卒業し、配属された最初の基地で先輩パイロットたちからレクチャーされたことが二種類あった。 一つはガミラスと交戦する時の実戦的なテクニック。 戦場で生き残るのに大いに役に立った。 自分がこうして今生きているのも彼らのおかげかもしれない。 それとイカサマ博打のやり方と見破り方。 もちろんこれまた別な意味で、山本が生き残るに、大いに役立ったことは言うまでもない。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 伊庭はまだ隔離室から出てこない。 山本は支給品の眠気覚ましガムを取り出し、口の中に放り込んだ。 『それにしてもあの基地は・・・。』 ガムを噛むと口の中に甘辛い、人工甘味料の味が広がる。 彼は退屈しのぎにガムを噛みながら、自分の最初の配属先、 【雨の海】ランバートクレーター月面航宙基地を思い出していた。 『まったく陰気な場所だったな・・・。』 日々、増えてゆく戦死者。 削り取られていく戦力。 いくら要請しても届かない補給物資。 防衛軍司令部から出される無謀ともいえる指令の数々。 任務に疲れ、気晴らしにと出かける月面散歩も、そこに広がるのは生きるもの、動くものとてひとつも無い、 完全無欠の死の世界だ。 そして昔なら、そんな散歩者の空虚な心を慰めてくれたであろう『地球の出』は、 悪夢が確かな現実であることを目の前に突きつけるものだった。 月の地平からゆっくりと現れる、焼けただれた巨大なクレーターだらけの赤い地球。 その無惨な姿を目の当たりのして、絶望のあまり自らヘルメットを脱いだ人間の数は、 それこそ両手指の数ではとても足らなかった。 自分もその遺体の回収を何度手伝ったことか。 それに彼らの死に顔といったら無惨なもので・・・。 チェッ、余計なことまで思い出しちまった。 山本が忌まわしい過去の記憶を意識の底に沈めた時。 背後で微かな物音がした。 ・・・・さてと。 山本は噛み終わったガムを、ブッと口の中から吐き出し立ち上がる。 どうやらお目当ての彼が、用事を済ませて出てきたようだった。 |
ぺきんぱ
2002年10月20日(日) 21時15分16秒 公開 ■この作品の著作権はぺきんぱさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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ええっ?も、もしかして主人公は山本明ですか?激しく期待しちゃいます。 | Alice | ■2002年10月21日(月) 21時25分36秒 |
待ってました、シリアスドラマ。期待してます。 | 長田亀吉 | ■2002年10月20日(日) 22時38分47秒 |
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