第四話『 THE GOOD THE BAD AND THE EXTRA 』




「伊庭さん。」

エマージェンシーボックスの陰から現れた山本の声に、伊庭は体をふるわせて反応した。

彼は両腕で、大型魔法瓶サイズくらいだろうか、円筒形の金属容器を大事そうに抱えていた。

「伊庭さん。なにも言わず、黙って僕についてきてくれませんか?」

山本は伊庭の反応を見ながら、彼を刺激しないよう、穏やかに話しかけた。

だが、すぐにその様子が、普通でないことに気がついた。

顔色が紙のように白い。

両腕で抱え込んだ金属容器が細かく震えている。

それはベルトのバックルに当たり、カチカチと音を立てていた。



マイッタな。 こう怯えられちゃあ、話がしずらいや・・・。

山本は、あくまで伊庭の怯えは密告の件が原因だ、と誤解していた。

とにかく、これ以上の騒動は面倒だし、まっぴらごめんだ。



「大丈夫、僕を信じて下さい。 悪いようにはしません。 

一言誤って頭を下げればみんな許してくれますよ。

もう一回、勝負をし直すってのはどうですか。」



正直、山本は、この件を丸く収めるにはこれしかない、と思っていた。


  もっとも、その後、全財産搾り取られるだろうけどね・・・。
 

山本は心の中で、伊庭に対して舌を出した。 そしてほんの少しだけ、彼に同情する。

しかし、素っ裸での宇宙遊泳に比べれば安いものだ。

そう気を取り直すと、彼は説得を続けた。



「とにかく行きましょう。 僕も手荒な事はしたくないんだ。そうしないと・・・」

「・・・お前、あの女の命令で俺を捕まえるのか?」

説得の声が突然、伊庭の言葉でさえぎられた。


「ハア? ・・・なんですって?」


山本は思わず聞き返していた。

・・・あの女? いったい誰の事だ? こいつ人の話をちゃんと聞いているのか?




「お前は、あの女にだまされているんだッ!」

そう言って伊庭は、金属容器のふたを開ける。恐らく中はかなりの低温に保たれているのだろう、白い霧が容器の中から立ちのぼった。


「見るんだ! そして目を覚ませ!」

山本の目の前に、同じく円筒形のガラス容器が突き出された。


「お前は自分が何をしているか、わかっているのか? お前は地球の輝かしい未来をドブに捨てようとしているんだぞ!」


 だが、山本に見えたのは、ガラス容器の中、器具で固定された試験管。
 そして、その底にたまった少量の泥。

 ただそれだけだった。


伊庭は、厳かに、まるでご神体を取り扱う宗教信者のような手つきで、ガラス容器を扱っている。


こいつ、いったい何を考えてるんだ? 

もしかして・・・頭の中、オカシクなってんじゃないのか?


宇宙船の中という閉鎖環境。 限られた空間での長期生活。

そのストレスは、よくそうした軽い情緒障害を引き起こすものだ。


まいったな、こりゃあ・・・。

山本は大きくため息をついた後、自分に言い聞かせた。



とにかくだ。

自分の役目は、彼を仲間のBT隊員たちのところへ連れて行くこと。

伊庭が演説をしたければ、そこですればいい。
 
その後の事は・・・まあ、なんとかなるだろう。



だが伊庭は、相変わらず訳の分からない事を、延々と説教口調でわめき続けている。

ウンザリした山本は、素早く金属容器に手を伸ばし、伊庭の腕から奪い取った。



 あっけにとられる伊庭。

が、突然、その顔色が変わった。

サッと顔面が紅潮する。 まるで仮面を取り替えたようだ。

一瞬の間に彼の表情は、怯えと哀願から怒りの表情へと変わっていた。


「いい加減にしてください! 
訳の分からない事ばかり言ってないで、黙って僕の後についてくればいいんだッ!」


山本が伊庭に言った、その時。

彼の右腕が蛇のように動くと、その手に握った何かが山本の顔面に突きつけられた。



「返せ。」

先程とはうって変わった、氷のように冷たい声が伊庭の口から吐き出された。

「返せ・・・お前にそれを手にする資格は無い、返すんだ。」



その声には明らかな殺気が含まれている。


だがなぜだ? たかが博打のイザコザだぞ。 なぜ奴はこれほど興奮するんだ?


伊庭は山本が見た事の無い、銀色に輝く、レンコンのように穴のあいた円筒形のシリンダーと金属製の筒が組み合わさった物体を握っていた。

伊庭は“それ”を山本の顔面から上方、天井へと向ける。

バン、という炸裂音すると同時に天井の、艦内通路を照らしていた照明装置が砕け散った。

あたりに何かが焼けこげた、嗅いだ事のない異臭が漂う。



何だ? 奴が握っているのは武器なのか?

だが、どうして? どうやって? 今、艦内では武器の使用は出来ないはずだ。


山本もその腰にコスモガンを下げている。

だが今、その使用は不可能だ。

艦内での突発的な銃撃事件や反乱を防ぐため、コスモガンには射撃不能とする、電子的ロックが掛けられていた。

それを外すには、班長クラスの乗組員がヤマトの保安コンピューターにアクセスし、安全装置解除コードを打ち込まなくてはならない。

そしてそれは、コスモガンだけではない。
艦内のありとあらゆる小火器の全てには、同じ様な保安措置がなされているはずだった。


それなのに・・・なぜだ?

しかし今、そんなことを考えても仕方がない。


現実に奴の拳銃(らしき物)は作動している。 自分の命が危険な事に間違いはないのだ。

ここは狂っているとはいえ、奴の言う通りに・・・いや、狂っているからこそ、ここは慎重に行動を・・・。


山本がそろそろと、伊庭の方へガラス容器を差し出そうとした、その時。



「だめよ、山本君! それを渡さないで!」

山本の背後から声が飛んだ。

伊庭は山本の方を見ていない。

ポカンと口を開け、身動きできずに山本の背後を見つめていた。

山本も恐る恐る、後方を振り向く。



そこには右足を半歩踏みだし、肩と右腕が一直線になるよう、コスモガンを構えた森雪が立っていた。

そしてその銃口が、正確に、ぴくりとも動かず伊庭を睨み(にらみ)つけていた。



「伊庭一等技官、 銃を下ろしなさい。」


森雪の凛(りん)とした声が艦内通路に響く。



どうでもいいけど・・・。

いったい何がどうなってるんだ、と混乱する頭の中で山本はボヤいた。



・・・頼むから誰か俺に事情を説明してくれッ!!!



山本は道に迷った子犬のように、キョトキョトと、伊庭と森雪を交互に見渡すことしか出来なかった。





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「伊庭一等技官。 あなたを地球防衛軍宇宙艦隊規則、第127条の二項から与えられる権限に従い、外宇宙物質取り扱いにおける防疫義務違反により拘束します。」



伊庭は落ち着き無く、周囲に視線をさまよわせる。

まるで追い詰められた小動物が逃げ道を捜すかのように。

だが、そんなものが有りはしない。 それに気づくと彼は開き直った。



「森生活班長。 あなたは何かを誤解されているようだ。」


・・・人の頭に拳銃を突きつけて、誤解もへったくれもあるかッ! 
 
そんな言い訳が通用する訳がない、と山本はあきれ返った。



「私が山本君から取り返そうとしているのは、地球再緑化計画のために研究している強化藻類なのです。 

つい頭に血が上って山本君には失礼な事をしてしまった。」



「そう。 なら、聞きますけど、なぜその強化藻類を隔離区画に保管しているの? 

ただの強化藻類なら一般研究室で十分なはずよ。」


伊庭さん、と森雪は柔らかい口調で語りかけた。



「あなたがあの惑星の微生物たちに魅せられた気持ちはよく分かるわ。 

でも今はそのことより、地球に帰り着くことを最優先にすべきよ。
 そのためにも危ない橋を渡るのは少しでも避けたいの。」


お願いだから分かって!

森雪は血を吐くような思いで伊庭に語りかけていた。


このまま彼が自分の要求に従わなければ、伊庭を撃つしかない。

だが、いくら反抗的で自分とウマが合わない相手とは言え、この苦しい航海を共に乗り切ってきた仲間なのだ。 


そんなことはしたくない。


それに彼の地球外生命研究者としての能力は一級品だ。

乗組員として得難い人材であることも間違いない。

彼を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う人間でも、それは認めざろう得ないだろう。

だが惜しいことに、彼には他人との協調性が決定的に欠けていた。

天才と呼ばれる人間にはありがちな欠点だ。


これが中世や近代ならば、彼の才能に惚れ込んだ物好きな大貴族や富豪がパトロンとして後ろ盾になり、
自由な研究活動を保証してくれたかもしれない。


だが異能者にとって幸福な時代はとうの昔に終わっている。


現代科学は、紙や鉛筆さえあれば出来る数学や理論物理学を除けば、研究のために大規模な施設と、莫大な研究費を使わなければ一歩も進む事が出来ない、高度なものへと変わってしまった。

そこで要求されるのは他の研究者とのチームワークであり、政府や大企業といった組織から予算をせしめてくる政治力だ。

どちらもプライドの高い伊庭には、逆立ちしてもできない芸当だった。

・・・生まれた時代が遅すぎたのだ。



でもそんな事は言い訳にならない。


森雪は伊庭への同情を断ち切ろうと、コスモガンを握る手に力を込めた。


「もう一度だけ言うわ。あなたを拘束します。 銃を捨てて両手を上げなさい。」


一切の妥協を拒む毅然(きぜん)とした態度が伊庭に決断を促す。


その声に背中を押され、伊庭の手から拳銃が落ちると通路の床に当たって乾いた金属音を立てた。



どうやら一件落着のようだ。 


山本は肩の力を抜き、森雪に向かって歩き出そうとした。


森雪も銃を下ろし、フーと大きく息をつき、伊庭に向かって微笑んだ。

「ありがとう、伊庭さ・・」 その微笑みが言葉の途中で凍りつく。


伊庭が突然、動いたのだ。


降参のポーズを取ったのは偽装だった。

彼は床に落ちた銃に飛びつくと、後ろを向いている山本の首に腕を回し、密着すると森雪からの盾にする。


もう言い訳は出来ない。 この微生物を渡すしかない。 

そして彼女はそれを廃棄処分にしてしまうだろう。

自分が命より大切にしていたこの微生物たちを・・・。



ならば自分は・・・・あの女の命を奪ってやる!


 
伊庭は山本の肩越しに銃を突き出すと、拳銃の狙いを森雪に向けた。


これで“おあいこ”だ、愚か者めッ! 地獄へ堕ちろ!


伊庭はためらいもせずに引き金を絞る。

そして次の瞬間、轟音と共に放たれた鉛の弾丸は、森雪の華奢(きゃしゃ)な体を貫いていた。



ぺきんぱ
2002年10月28日(月) 17時59分17秒 公開
■この作品の著作権はぺきんぱさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ



「ウグゥ〜、ウグゥ〜。 ミ、みなさん今晩は。作者のぺきんぱです。うう、お腹痛い・・。」


「また変なモン、拾い食いしたんでしょ。 アシスタントのキンキンでーす。」



「あのなぁ〜、金に困ってもそこまでするかッ!

 実は近所に『四川』という、本格的な四川料理を出す中華料理屋がありまして、そこで激辛の坦々麺(タンタンメン)を食ってきたのです。」



「ああ、あれね。 でも懲りないわねぇ〜。 
あれを食べると、お腹は痛くなるわ、翌日のトイレは大変だわ、えらい目に会うのは体験済みでしょう?

 まったく学習能力ゼロなんだから。 
あんた【パブロフの犬】より馬鹿なんじゃないの?」



「う、うるさいッ!! 俺が悪いんじゃないヤイッ!

 あの味が・・・すんごく辛いんだけど、ほのかに甘みがあってコクがあって、・・・ああ、心が拒否しても俺の体があの味をこばめんのだ!」



「まあ、確かにあの店の料理は本当に美味しいですからね〜。

でもそこまで中毒になっちゃうっていうのは・・・。

わかった! きっと、ヘロ○ンとかコカ○ンとか、ちょっぴり料理に混ぜているんだ!」



「・・・おまえ。 その、さらっとヤバイこと言う性格、なんとかしろよ!
 
もちろん冗談ですから皆さんご安心を。(って、本気にする人なんかいないか・・。)
ウウ、またお腹が・・・。」


「ホント、しょうがないわねぇ。
では皆さん、次回『闇の双子』(ダーク・ハーフ)でお会いしましょう。」


「ああ、つらい・・・でもまた食いに行っちゃうんだろうな。 

それと『四川』のママさん。

お勘定の時、『ハイ、お釣り一千万円!』といって千円札を返すのは止めてね。
べたなギャグを飛ばすのは慣れてるけど飛ばされると、どう反応していいかワカランのだよ。(笑)」

「人の振り見て、我が振りなおせってことよね、きっと。♪♪」




あっ、それから今回の題名、
『 THE GOOD THE BAD AND THE EXTRA 』ですが。 
訳すと、『善玉。悪玉。それと部外者。』てなところです。

ある映画の原題からパクってますが、なんの映画か分かる人は・・・、

かなりのマカロニ好きと見たッ!! \(^_^)/
(なんのこっちゃ・・・。(笑)

この作品の感想をお寄せください。
お釣り一千万円、うちの上司もよくやります(汗)聴くほうの脱力感は激しいです(笑)・・・今回の作品も熟読させていただきました。森のキャラがきちんと立っていて、伊庭にも存在感がある。オリジナルキャラを出すときは、この存在感を出せるかどうかが勝負の分かれ目ですね。伊庭は僕のお気に入りキャラになりそうです。次作も期待してます!! 長田亀吉 ■2002年11月10日(日) 17時55分40秒
生活班長、なんかえらくかっこいいですね、今回。毅然とした女って、あこがれます。ヤマトの闘いは、異星人との戦争だけではなく、こういう内部の闘いもあるんですね。 Alice ■2002年10月29日(火) 23時40分23秒
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