第六話『闇の双子(後編)』HEART OF THE DARKNESS |
「すみましたよ、ユキさん。」 山本が振り返る。 すると目に入ってきたのは壁により掛かり、懸命に体を起こそうとする森雪の姿だった。 慌てて駆け寄ると山本は彼女の体を抱きかかえ、森雪に肩を貸し、ゆっくりと歩き出す。 二人は床に倒れてピクリとも動かない伊庭の脇を通り過ぎた。 「まさか彼・・・死んだの?」 いえ、と山本は首を横に振った。 「気絶させただけです。」 本当はこの手でひねり殺してやりたかった・・・。 「そう、良かった。」 安堵の声と共に彼女の口から苦痛のうめきが漏れる。 「いい加減にしてください! あんな奴の事なんかどうだっていい! それより自分の体を心配したらどうですか!」 心配しないで、と森雪は血の気の失せた顔で微笑んで見せた。 「こんなの大した怪我じゃないわ。 ほら私、看護婦もやってるから。 自分で分かるのよ。」 山本は痛々しくてその笑顔をまともに見る事ができなかった。 うそだ。 確かに彼女の右肩口、弾丸の入り口の傷は小さくてきれいな物だ。 だが、弾の出口、背中には貫通銃創特有の無惨な傷が大口を開けている。 出血も完全には止まっていない。 傷の位置から考えると、鎖骨が砕かれている可能性もある。 だとすればその痛みは耐え難いものの筈だった。 なのに・・・畜生! その時、つま先に何かが当たった。 視線を足下に落とすとそこには伊庭の拳銃があった。 山本はその拳銃の正体に思い当たった。 これは確か・・・リボルバー(回転式拳銃)って奴だ。 昔の地球で使われていた、火薬の燃焼ガスで弾丸を発射する旧式銃。 なるほど、艦内で発射できるはずだ。 こいつには電装部品は一切使われていない。 だからこれに電子的ロックを掛ける事は出来ない。 構造的に不可能だ。 伊庭はこの事に目を付けて、艦内で密造したか、この骨董品を密かに地球から持ち込んだに違いなかった。 何のために? 決まっているさ。 山本の体中に、伊庭に対する嫌悪感で鳥肌が立った。 自分はこの手のタイプの男を、異常なほど銃に執着する人間を身近で見てきた。 奴らは他人に対する絶対優位、それを確認するために銃を手にする。 自分の立場をただの一発で逆転できる魔法の道具、それが銃だ。 世間的には負け犬と蔑(さげす)まれても、その気になれば自分を見下す連中の頭を吹き飛ばす事が出来る。 そうした自己満足、ただそれだけのために銃を持つのだ。 だが奴らは普段、そうした復讐を想像するだけで実行しようとはしない。 気の弱い小心者だからだ。 本質的に腰抜けだからだ。 だから奴らは不満の捌け口を身近な者に求め、自分より弱く、無抵抗な者に向けて暴力を振るう。 腰に下げた馬鹿でかい銃で威圧しながら。そして・・・。 「・・・どうかしたの?」 森雪の声に山本の白昼夢は破られた。 いつのまにか足が止まっていた。 「なんでも・・・。 なんでもありません。」 彼は足を一歩踏み出す。 そして床に落ちている拳銃を思いっきり蹴飛ばした。 乾いた音を立てて、拳銃が艦内通路を滑っていく。 クソッ! こんな時に俺は何を考えているんだ! 山本は歩きながら、過去の記憶が呼び覚ましたどす黒い願望を必死になって押さえつける。 だが彼の心の中ではもう一人の自分が執拗(しつよう)にささやき続けていた。 『殺しちまえよ、あんな奴なんか。』 (・・・黙れ。) 『どうして?あいつは彼女を撃った。 銃口を下ろそうとした彼女を騙し討ちにした。 女子供を平気で傷つける奴だ。 あの男と同類だ。 そしてあの時と同じだ。 殺せ!殺すんだ!』 (黙れ 黙れ 黙れ 黙れッ。) 『なぜ止める? なぜ抑える? お前には借りがあるはずだ。 お前には敵を討つ義務があるはずだ。そうしなければ彼女の魂は・・・。』 黙れッ!!! 山本は心の中で絶叫した。 やめろッ!! ここはもう小惑星複合体(アステロイド・ユニオン)じゃないんだ。 あの男を殺したって、彼女の魂を救う事はできないんだ。 そしてあの男は・・・・俺の親父なんかじゃないんだ! 山本の奥歯がぎりぎりときしむ。 いつの間にか、自分を誘惑する声はしなくなっていた。 だが奴は必ず戻ってくる。 そして自分にささやき続けるだろう。 なぜなら彼はもう一人の自分。 心の奥底に押し隠したもう一人の自分。 そして恐らく彼こそが、 本当の自分に違いないのだから・・・。 「山本君、そこの壁、アルファベットでEと描いてある部分をたたき割って。」 山本が森雪の指示に従い、プラスチックボードを拳でたたき割る。 ポッカリ空いた空間の奥、そこには半ば壁に埋め込まれた形でコミュニケーターモジュールが設置されていた。 「 【ヘルメス】、緊急事態よ。 コード10−4。 バイオハザード警報の発令を要請します。」 森雪がコミュニケーターに呼びかける。 するとその機械はパリパリと、息を吹き返すかのように作動音を立て、ややくぐもった声で森雪に応答した。 『コード10−4。 了解。 現在、緊急時行動規則監視プログラムを起動中。 警報要請者は情報転送ボードに右手を置き、視線を視覚センサーに向けて下さい。』 ヤマト艦内中央コンピューターシステム、その最高機密レベルにアクセスできる疑似人格インターフェース【ヘルメス】。 このコミュニケーターは、非常時に、直接彼とコンタクトするために設けられていた。 『声紋、チェック。 掌紋、指紋、チェック。 血液型、チェック。 虹彩および網膜パターン、チェック。 遺伝子コードを確認します・・・コード偽造防止パターン正常。 確認作業、終了しました。 乗員番号0103、生活班長、森雪と確認。 あなたを緊急警報発令権者と認めます。 パスワードを発声して下さい。』 「パスワード・・・パスワードは“ワイルドファイアー”よ。」 森雪が、苦痛に喘ぎながら答える。 『 【パスワードは“ワイルドファイアー”よ】 パスワード、不適合。 発令権者に警告。 パスワードのみを発声して下さい。』 その言葉を聞き、がくっと森雪の膝が崩れる。その体を山本が慌てて抱き起こした。 「ユキさん、大丈夫ですか? しっかりして下さい!」 「大丈夫・・・大丈夫よ。」 膝がどうしようもなく震える。 右肩が燃えるように熱い。 山本の声が森雪の頭の中で、遠くから響く木霊の様に聞こえていた。 しっかりしなさい、森雪! あともう少し・・・もう少しだから。 「・・・ワイルドファイアー。」 『了解。 パスワード、【ワイルドファイアー】 承認。承認。承認。』 森雪の体が崩れ落ちる。山本が必死でその体を支えるが、間に合わない。 とっさに床と森雪との間に自分の体を入れ、クッション代わりにする。 その時だ。 艦内中に非常警報が鳴り響いた。 『緊急事態発生。緊急事態発生。 バイオハザード警報が発令されました。 現在、非常措置がレベル4で進行中。 警告します。 デッキナンバー24番から30番の乗組員は一分以内に待避して下さい。 艦内隔壁が緊急閉鎖されます。 総員、気密服着用を準備。 艦内空気を分析中。異常ある場合、艦内空気は全て艦外へと放出されます。 ・・・分析終了。 異常なし。 減圧警報を解除。 隔離区画内、被汚染ブロック外の艦内気圧を03上げます。 総員、対閃光防御。 眼球を保護して下さい。 艦内浄化のため、殺菌用紫外線照射を二十秒、行います。 カウントダウン、スタート。 10、9、8、7・・・』 「ユキさん! 聞こえますか? 目を覚まして下さい!」 床に倒れたままの森雪に、山本は懸命に呼びかける。が、彼女の瞼は開かなかった。 森雪の呼吸は浅くて速い。顔中が汗でぬれて体が細かく震えている。 激痛と出血の所為だ。森雪はショック症状を起こしかけていた。 痛み止めと暖かい毛布、それと点滴による水分補給に輸血が必要だった。 だが、今は・・・。 山本はハンカチを取り出すと、急いで自分に目隠しをする。 手探りで森雪の頭を抱き寄せると眼球を守るため自分の胸に押しつけた。 両目を固くつむり、山本は閃光に備える。 頭上では【ヘルメス】が、相変わらず平坦な、感情のこもらない声で秒読みを続けていた。 『・・・4、3、2、1。 照射開始。』 視界が白く染まってゆく。 強烈な光りは、幾重にも折り畳んだ布と瞼さえも通して入ってくる。 俺は彼女を守らなくてはならない・・・俺には・・俺には、その義務がある。 山本は自にそう言い聞かせた。 白く輝く光の中で、山本の瞼の奥、一瞬、母の姿が鮮明に浮かび上がる。 ・・・母さん。 だが次の瞬間、それは蜃気楼のように、はかなく消え去っていた。 |
ぺきんぱ
2002年11月20日(水) 01時10分43秒 公開 ■この作品の著作権はぺきんぱさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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ううむ、ヘルメス、渋い設定です。前話と打って変わって、設定でよませます。いろんな謎が伏線となって「先を読みたい!!」とうならせます。お見事です!! | 長田亀吉 | ■2002年11月27日(水) 07時23分38秒 |
こういうシステムがあったら、エイリアンが侵入してもすぐ駆除できたんだろうか…。リプリーは体を鍛えるより、システム開発をしたほうがよかったのかも。もしかして、山本君は、DVの被害者なんでしょうか。顔を半分隠しているのも、PTSD?このお話の中の森ユキも、強くって(芯が)好きです。 | Alice | ■2002年11月20日(水) 23時54分22秒 |
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