第八話『ケルベロス、地獄の番犬(後編)』Cerberos From Hell. |
「どけ! どけといったら、どくんだ!」 “対策室”の入り口で誰かが警備の人間ともめている。 何事か、と振り向いた古代に向けその当事者が、ヨウ、と手を振った。 飛行隊長の加藤だ。 古代は彼の方へと足を向けた。 「話があるんだ、古代。 ちょっといいか?」 古代はうなずく。 二人は室内を出て、しばらく歩くと人気のない艦内通路で向かい合った。 両者とも口を開こうとしない。 二人の間に沈黙が、壁のように横たわっていた。 「様子は、どうだ?」 沈黙を破ったのは加藤のほうだった。 「変化なし、だ。」 古代が簡潔に答える。 そうか、と応じて加藤が二、三歩、歩いた。 そして古代が立っている側と同じ壁に背中を預けた。 「実は、お前に言いたい事があってな。」 加藤は古代の方を見ず、反対側の壁を見つめながら、独り言のように言った。 「 『ケルベロス』が動いてるそうじゃないか。」 「そうだ。どこから聞いた?」 乗組員たちの無用な動揺を防ぐため、一部乗組員をのぞいては情報を公開していないはずだった。 どこでもいい。 ぼそり、と加藤が言う。 「お前のことだ。全力で三人を助けようとしているのは分かっている、・・・だがな。」 加藤は顔だけを古代に向けた。 「お前たちが『ケルベロス』の説得に失敗して、あの畜生が山本や森君を殺そうとするなら、 そしてお前が、それを指をくわえて見ているだけならば、・・・俺は黙っちゃいないぜ。」 くそコンピューターを、おシャカにしてやる。 その言葉を吐き捨てるように口から出すと、加藤はまた、反対側の壁に視線を戻した。 だがそんな事をすれば、この航海に重大な影響が出る事に間違いない。 いや、下手をするとコンピューターシステムが回復不能なダメージを受け、航海そのものが不可能となるかもしれない。 そんなことを許す訳にはいかない。 「そいつは反乱行為だぞ、加藤。」 「覚悟はできてるさ、古代。 別に協力してくれと頼みに来たわけじゃない。 お前にはお前の立場、があるのは分かっている。 ただ、俺のやることを邪魔せず、黙って見ていてくれればいいのさ。 罰を受けるのは、俺一人で充分だからな。」 古代には加藤の気持ちが痛いほど分かった。 自分も昔の戦闘斑長のままなら、同じ事をしていたかもしれない。 だが、反乱行為に対する最高刑罰は銃殺だ。 それに今、自分の立場は・・・。 「そんなことができるか! もし、そんなことをするなら・・お前を拘束する。」 やってみろ。 そう言って加藤は薄く笑った。 「お前もかなりの腕らしいがな。 俺の抜き撃ちと、どちらが早いかな?」 「・・・それは脅迫なのか? 加藤。」 いいや、と加藤は首を振る。 「これは脅しじゃない。“誓い”だ。 俺はやると言った事は必ずやるぜ、古代。」 そう言った彼の手が、腰に下げた銃の方へと伸びてゆく。 思わず古代の右手がコスモガンのグリップを掴んだ。 だが加藤の手は腰のホルスターをかすめると、そのまま握り拳を作り、左胸へと当てられた。 そしてニヤリと笑う。 加藤は一分の隙(すき)もない敬礼をして見せた。 「言いたかった事はそれだけだ。 じゃあな。」 加藤は古代に背中を向け、艦内通路を歩き去っていく。 「彼を拘束しますか?」 物陰からそっと様子を見ていた警備兵が古代に尋ねた。 だが古代は答えない。 黙ったまま踵(きびす)を返し、加藤と反対側へと歩き出した。 慌ててその後を追う警備兵の目に、なぜか古代の背中が、やけに小さく見えて仕方がなかった。 「とにかく、これだ。 この謎を解明できさえすれば突破口ができるんだ。」 “対策室”の一角、真田は映像が映った情報パネルの前で熱弁をふるっていた。 「いいか、この伊庭が持っていたガラス容器、こいつは特別製だ。 ヤマトの展望ドームにも使われている硬化テクタイトで出来ている。 理論的には1平方メートル当たり5トンの衝撃、圧力が加わったとしても壊れる事はない。 だが、その容器が床に落ちただけで壊れたんだ。これを見ろ。」 真田はパネルの映像を拡大して見せた。 「これは容器の破片、その断面を移した電子顕微鏡映像だ。 硬化テクタイトの分子構造に異常は見られない、材質そのものが変質した、という事は無いようだ。」 工作班員の一人からさっと手が上がる。 「つまり、何らかの化学反応によって硬化テクタイト全体がもろくなったのではない、という事ですか?」 真田がその質問にうなずいた。 「では、この件について微生物の影響は除外して構わない、という事ですね?」 その質問に、真田の首が横に振られた。 「常識的に考えればそうだ。 だが忘れるな。あれは地球外生命だ。我々の常識は通用しないかもしれない。 それに微生物の影響を除外するとして、他にどんな原因が考えられる? 何らかの振動が偶然にも、硬化テクタイトの分子固有振動数と一致して共振現象を引き起こしたのか? 未知の放射線が容器の材質を劣化させていたのか? それとも伊庭のやつが実験をミスってガラス容器を傷つけていたのか? もちろん奴が不良品のガラス容器を使用していた可能性もある。 偶然に偶然が重なればそんなこともあり得るだろう。 だがな・・」 真田は情報パネルを手のひらでバンと叩くと声を張り上げた。 「俺はそんな都合の良い偶然は信じない。 信じるとしても他の可能性を徹底的に検討してからだ。 お前らも科学にたずさわる者なら、まず疑え! 安易な結論に飛びつくな! そして慎重に、事実だけを積み重ねて真実を掴むんだ。」 真田はグルッと顔を回し、集まった乗組員達を見渡した。 「もちろん問題解決に許された時間は少ない、 研究の為の機材も資料も限られているし、楽な仕事じゃないのは分かっている。 だが、俺は確信しているんだ。」 彼はいったん、言葉を切ると身を乗り出した。 そこにいる全員が真田の次の言葉を待っていた。 「森君たちは助かる。 俺達にならそれが出来る、必ずだ。」 待ってました、とばかりに歓声が弾けた。 ─ そうです! やりましょう、真田さん!─ ─ いいぞ、技師長! ケルベロスの奴に“おあずけ”を喰らわしてやろうぜ!─ 口々に気合い十分な言葉を発しながら、バイオハザード警報対策チームに選ばれた乗組員たちが、各自の持ち場へ散っていく。 その姿を満足げに眺めていた真田の横へ、生活班の制服を着た女性隊員が立った。 「技師長、最新の医療データーです。」 彼女から携帯用情報端末機が差し出される。 「俺は医学関係はちょっとな・・・。おっと、佐渡先生!」 実験機器を前で、なにやら工作班員と話込んでいた佐渡が呼んだかな、と真田の方へ歩いてきた。 「先生、解説をお願いします。」 真田は情報端末機を差し出した。 「それならさっき見たよ。状況に変化無し、だ。」 佐渡は差し出された情報端末機を断り、それを女性隊員に返すと、なあ真田君。と訴えた。 「実は気になる事があるんじゃが・・・。」 佐渡はメモリーカードを取り出した。 「こいつを見て、感想を聞かせてくれんか。」 真田は自分の情報端末機にそれを差し込む。 「なんですか、これは? 人体の解析映像、のようですが?・・・。」 「そうじゃ、これは先日、森君の全身をスキャンした際に作成したCT断層映像じゃ。 頭部の歯列が分かる部分まで、映像を動かしてくれんか?」 真田は佐渡の指示通りに操作、ひとつの映像にたどり着いた。 「ただの歯列にしか見えませんが?」 「そこが問題じゃよ。」 佐渡は真田の手の内、情報端末機を取り上げるともう一つ、同じ様な歯列の映像を、並べて映し出して見せた。 「これは一ヶ月前、健康診断の時に取った映像じゃ。そして隣が最新の映像。ほら、ここじゃ!」 注意して見てくれ。と佐渡が指し示す先、そこには一本の奥歯らしき映像があるだけだった。 「ええ、それが何か・・・、」 真田の目が最新の映像から過去の映像へと移った時、真田の言葉が止まった。 「・・・生えてる。」 「そうだ。彼女の奥歯、上顎左第三臼歯は森君が十歳の時、治療のため抜歯されているのじゃ。そしてその治療記録も確認済みじゃ。だが・・」 佐渡はあらためて端末機の中、歯列の映像を指さした。 「ここに、無いはずの臼歯が存在している。」 さっぱりわからん。そう言って佐渡は天上を仰いだ。 「義歯が映っているだけ、という可能性は?」 「馬鹿を言っちゃいかん! そんな初歩的なミスをするか! これは正真正銘、本物の大臼歯じゃ。」 「でもそんな事があり得るのですか? 確か、人間の永久歯は一度抜けたら二度と生えてこないはずじゃあ・・、」 「そんな事はわかっとる!ワシは医者だぞ。 だからお前さんの意見を聞いとるのじゃあないか! どうだ、あの微生物の活動特性について、何かわかった事はないか?」 「ええ、少しは。ただこの現象とそれに関連性があるかどうか・・・」 「その判断はワシがする。」 佐渡がぴしゃり、と真田の疑問にケリをつけた。 「わかりました。データーをまとめて1時間以内にご報告します。」 頼んだぞ、という言葉を残し、佐渡は対策室を出ていった。 佐渡の後ろ姿を見送った後、真田はもう一度、情報端末機に目を落とした。 いったい、彼女の体内で何が起こっているのだ? これはやはり、あのM26第二惑星の微生物と直接、関係があるのか? 真田は端末機をしまうと対策室内、大型スクリーンで森雪の姿を確認する。 こんな状況でなければ、安らかな寝顔と言っても良い表情だ。 ふと以前、工作室で森雪と交わした会話が真田の心に浮かんだ。 『彼らの方が私たち人類より進んだテクノロジーを持っていたのよ。 二千年もの間、あれだけ【おいしい】資源惑星をほったらかしにするなんて、不思議だとは思わない?』 ・・・そうだ。俺もこの疑問がずっと心の中に引っかかっていた。 真田は手に持っていたボールペンの尻を押し、カチャカチャとペン先の出し入れを始めた。 彼が思考を集中する時のいつもの癖だ。 二千年・・・。 そういえば以前、島が言ってたっけ。作業はロボットにやらせればいい、と。 ( 【傷だらけの・・】第話参照。) ・・・その通りだ。 俺たちは時間が無かったから、それが出来なかった。 だがイスカンダル人はそうじゃなかった。 資源を採掘するためだけなら、イスカンダル人は自動機械を投入すれば良かったはずだ。 だが、彼らはそうしなかった・・・なぜだ? 真田の親指、その動きが激しくなる。ペン先のスピードが速くなった。 なにかそれが出来ない原因があったのか? あの惑星には何か別の防衛システムが、・・・いや、待てよ。 真田は、あの警告メッセージを思い出していた。 不可触惑星・・触れてはならない存在。・・・触れる事による汚染・・・まさか! 真田のペン先が止まった。 イスカンダル人がこれほど恐れたのは、謎の放射線の影響では無いのでは? 彼らが真に恐れたのは、この微生物たちではなかったのか? 真田の背筋は凍りついた。 だとすれば・・俺たちはとんでもない物を相手にしている事になる。 イスカンダル人は、この微生物たちを二千年もの間、克服することが出来なかった。 地球人類より進んだ科学力を持った彼らが、だ。 ・・・そんな化け物を相手にして、俺たちに勝ち目はあるのか? 彼の義手の内で、パキッという音と共にボールペンが砕ける。ペン先が床に落ちるとカチリと音を立てた。 隊員たちが室内を忙しく動き回るなか、真田は手の中のそれに気づかずに、 ただ身じろぎも出来ず、森雪が映った情報パネルの前で立ちつくしていた。 |
ぺきんぱ
2003年01月26日(日) 00時17分08秒 公開 ■この作品の著作権はぺきんぱさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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続きがみたいです | まめお | ■2004年09月26日(日) 00時03分39秒 |
よかった、キンキン君が健在で(笑)本編も真田と佐渡が渋くていいですね。アイデアの面白さ、さすがです。こっちの話もオチを期待しております^^ | 長田亀吉 | ■2003年01月31日(金) 22時07分37秒 |
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