はるかなり故郷サンザー


『【第三章 暗い夜空 中編】』

 >>>とよちん   -- 04/12/26-02:02..No.[8]  
     時計は午前1時を指していた。古代はヤマト艦内の自室に戻り、小澤同様に乗組員の名簿をめくっていた。自分と同年代あるいは年上の乗組員ばかりだ。ヤマトでは、沖田艦長という偉大な存在があり、その意志を実行することが自分の任務であったのだ。艦の責任は沖田にあり、古代は思い切り働くことができた。だが、今度は決定的に違う。古代は艦長であり、わずか14名ではあるが、乗組員全員の責任を負うのだ。今までにない重圧がのしかかる。
「沖田艦長。自分に出来るでしょうか・・・」
 だが答えてくれるものは居ない。彼は地球に到着したその日に亡くなった。偉大な老兵の最後は静かだった。葬儀は行われず慰霊碑のみが建てられた。沖田の遺言であると、乗組員には告げられた。沖田もまた、地球に家族も親族も生き残ってはいないのだ。兄が戦死したと聞かされた無力感を知る古代には、遺言を残した沖田の気持ちがよく分かった。

 ふと、古代守のファイルが目に入る。「兄さんの教科書か。」
古代守のテキストは敵を撃破する方法論について様々な角度から検討されていた。その筆致は、淡々として精密である。優しい兄の姿しか見たことが無い、古代にとって、テキストが教える戦術と兄の姿が繋がらない。おそらく、仲間の同期生達や部下達の戦死に囲まれながら執筆したのだろう。圧倒的に優勢なガミラスに対し、限られた兵器兵力で勝つためには如何にするべきか、如何に同胞の犠牲を無駄にせず戦果に繋げるか、ただその一点に絞られた戦法であった。悲壮であると同時に敵の人間性をまったく考慮しない、冷徹な戦法である。
「兄さん、俺にできるかな。」
 
 古代は上着を引っかけると、兵員士官室の自室を出て上甲板に向かった。島の部屋からも明かりが漏れている。おそらく、彼も新しい任務への準備をしているのだろう。今日からの異動で一足先に下船した真田の部屋は暗く静まり帰っていた。
 兵装上甲板に出ると心地よい海風が古代を包む。少し肌寒いようだ。

 建設中のメガロポリスは不夜城のごとく光り輝き、溶接の閃光が瞬いては消えていた。宇宙で戦う者にとって、同じような瞬きは爆発の閃光であり、一つが瞬くと一人か、数十人か、数百人が死ぬ光だ。
 古代は艦首まで歩いていった。
「地球に帰還して、放射能の消えた風を浴びながら雪に告白したのもここだったっけ。」
 そして、大司令塔を見上げる。肌寒い風を受けて、上着のポケットに手を突っ込むと、雪がくれたレトロな懐中時計が手に当たった。沖田艦長が使っていたものと同じ、前世紀中期の懐中時計だ。
金製の裏ブタにYM to SKと刻まれている。
「古代く・・艦長さん、がんばってね。」とはにかみながら雪がプレゼントしてくれたものだ。
 艦首の手すりに背中を預けて、暗い夜空を眺める。懐中時計を眺め、握りしめながらふと数時間前の事が思い出された。

古代は勤務後に、英雄の丘に向かった。英雄の丘には沖田の慰霊碑が建ち、建設中のメガロポリスを眺めることができる。古代が到着して数分と立たずに雪がやってきた。
しばらく遇えないから、ゆっくり食事でもしようかと思いながら、古代は雪と遊歩道を歩いていった。沖田艦長の碑の先で海を眺めながら、雪と手をついだ。雪の手は小さく、今にもおれそうだ。
とりとめもなく、ここしばらくの話をしていると、
「古代君、これね、新艦長就任のお祝いよ。ずう〜と持っててね。」
笑みを浮かべて、雪が小さな包みを差し出した。
「あ、ありがとう。開けていいかい?」
「もちろんよ。」
 包みを無造作に開けると、古い懐中時計が出てきた。何となく見覚えがある形だ。
「沖田艦長が使っていたのと同じものよ。お店で見かけたんだけど、思わず買っちゃった。古代君にぴったりだって、思ったのよ」
「古代く・・艦長さん、がんばってね。」
「あ、ありがとう。大事にするよ。」
「これなら、勤務中でもいつも持ってられるでしょ。古代君は太陽系の果てまで言っちゃうけど、いっつも一緒よ。」雪は、少し涙ぐんで古代の胸に飛び込む。
「雪。」
古代は雪を抱きしめていた。
「無事に帰ってきてね。古代君。」
そうっと、古代は雪にキスし、その涙を拭ってやった。

 ふいに、「古代に雪君じゃないか。お邪魔してしまったな〜こりゃ。」という声がして、古代は声の方に振り向いた。
「島。真田さん。それにみんな、どうしたんだ」
雪は、少し恥ずかしそうに古代から離れて島と真田達の方を振り返った。その顔が少し赤くなっており、照れ隠しに下を向いてしまった。
照明に照らされて、真田と島の他、5名が歩いてきた。
「ここにいる全員に新しい辞令が降りたんだよ。古代。」
 真田が、見慣れない真新しい緑色の制服を着ている。
「俺は、司令部の科学局に移動だそうだ。島は補給艦隊の艦長様に就任したんだよ。」
「それで、沖田艦長に報告しに来たってわけさ。」
 花束を沖田の慰霊碑に捧げながら島が繋ぐ。
「そうだったんですか。」
「俺は、宇宙の運送屋だ。古代も駆逐艦の艦長だって聞いたぞ。それに相原も、同じ艦隊司令部に配属だそうじゃないか」
「ええ、そうなんです。」
「みんなバラバラになるが、がんばろうぜ」
島は古代の肩を叩く。
「ああ、がんばろう。」
「総員、偉大なる沖田艦長に敬礼!」真田が沖田に敬礼する。
 古代も雪と並んで敬礼し、そして雪の肩を抱き寄せた。「大丈夫、無事に帰ってくるよ。雪が居るし、俺は一人じゃないからな。」


▼返信用フォームです▼

Name
URL
Title       
Message
Forecolor
Password     修正・削除に使用(4〜8文字)




■修正・削除: 記事Noと投稿時に入力したパスワードを入力し
edit(修正)又はdelete(削除)を選びupdateボタンを押下

No. Pass
あっぷっぷ Ver0.595 Created by Tacky's Room