Yamato Only Novel Deck(ver3.0)




『火星 (前編)』

 >>>ふみひこ   -- 04/04/18-10:25..No.[76]  
     ワープテストによる損傷の点検と補修作業への指示が一段落したところで、真田は第一艦橋に上がってきた。機関長の徳川とは先程までエンジンルームで顔を合わせていたし、航海班の島と太田は第二艦橋でテストデータの分析にかかっている。現在第一艦橋には、砲術補佐の南部と通信長の相原、ここでは分析班責任者の任を担う森、そして戦闘班長の古代進がいるはずだった。
「なんだ、二人しかいないのか?」
 呆れ声を出して正面艦窓の方へ歩いていく真田を目で追いながら、南部が答える。
「森さんはアナライザーと船外に出ちまったようです。相原はトイレとか言ってましたが、どうだか。なんかソワソワしてたんで、甲板あたりに出てるんじゃないんですかね」
「…暢気なことだな、原因はあれか?」
 窓外、艦体の先端を白く覆ったドライアイスを示すと、南部も苦笑してみせた。
「そのようですねぇ。相原のやつなんか、生まれが岩手なもんだから、いてもたってもいられないって顔してましたよ」
「いまからホームシックにかかっているようじゃ、先が思いやられるな」
 軽い溜め息をつきながら、真田は正面中央の席で窓外を睨みつけている古代に声をかけた。
「イスカンダルの船を見ておきたい。案内してくれないか、古代君」

 むっとした顔をそのまま真田に向けて、古代は答えた。
「古代、でいいですよ。なんだか子ども扱いされてるみたいだ」
 そんな言葉を口に出すこと自体が子どもっぽい行為なのだが。
 入学年齢が大幅に引き下げられた宇宙戦士訓練学校を、しかも特別訓練によって課程を端折って卒業したばかりの古代は、実際真田からみれば、ようやく少年の域を脱しかけている程度の存在だ。が、古代が気を悪くする理由も根拠も、真田にはわかる。それだけの能力や自負心を、彼は備えているはずなのだ。悪かった、というのも、気に障るかもしれない。
「なんだって、俺の案内が必要なんですか。あんな大きな物体、座標だってわかってるんだし、見落としっこないじゃありませんか」
 妙に突っかかってくる古代を、真田はかえって微笑ましく思った。なるほど、言わずもがなのことをつい付け加えたくなってしまうのだ。年長者に対する複雑な甘え。指摘でもされたらそれこそ臍を曲げてしまうのだろう。ずっと昔のことではあるが、なんとなく覚えのある感情だという気がして、妙な親近感も湧いてくる。
「ああ、まあそうなんだがな。確認しておきたいことがあるんだ、頼まれてくれるか」
「艦長の許可をとらないといけませんか?」
「命令は出ている。イスカンダル船エンジン構造物の材質調査だ。南部君、すまんがアナライザーに呼び出しコードを送ってもらえんか。探索艇の発進口へ回るように伝えてくれ。担当外の仕事で申し訳ない」
「いいですよ。任務外労働の請求は担当者のほうに出しておきますから、ご心配なく」
 朗らかに請け負って通信席に移る南部に会釈を送ると、真田はあからさまに不機嫌な様子でエレベータに向かう古代の後を追った。

 気詰まりそうに視線を逸らす古代に、さっきの会話が彼をいっそうナーバスにさせたのかもしれないと思い当たる。瑣末な呼称を聞き咎めた自分と、さらりと受け流した南部との間に、人間的な成熟の違いを意識してしまったのではないだろうか。普段なら相手のそうした感情など気づきもしない真田だったが、ことこの男に関しては自分自身も神経質になってしまうようだった。
 場の雰囲気を変えたくて、真田は珍しく当たり障りのない話題を探していた。が、同様の気持ちでいたのだろう、古代の方が早かった。
「補修作業はいいんですか?」
「ああ、装甲の損傷は見た目ほどひどくはなかったな。一通りの指示は終わったので、あとは班員に任せられる。問題はエンジンの方だ。伝導管がどうも不安でな。それで、君にご足労願ったというわけなんだが…」
 いまだ釈然としない顔の古代に、真田はしかしそれ以上の説明はできないでいた。自分の感傷的な行為をうまく説明する自信がなかったのだ。
(それが誤解を受ける原因だと、あいつなら言うんだろうな)

 (下手でも不器用でも、自分で口に出さなきゃ伝わらないぞ。お前のことが気になっているのさ、みんな)
 懐かしい声が耳元に蘇る。こんなに近く感じることができるのに、もう二度とその声を聞くことはないのだ。目の前にいる青年の横顔にその面影を見つけ、胸が痛む。
「ちゃんと発進口に来てるんですかね、アナライザーの奴。そんなことで足止め食わされたりしちゃ、やってられないや」
 不機嫌な態度をすぐに改めるのは癪なのかもしれない。しかし、それでも矛先を変えるだけの気配りをしてみせた古代に、真田は微かに頬を緩めた。




 ドライアイスの霜をまとわりつかせたアナライザーにひとしきり文句を言ってから、古代は探索艇を発進させた。後部席に座った真田は、ヘルメットの通話モードを個人間に切り替えて話しかけた。
「そういえば…山本君といったか?あのパイロットの具合はどうだ。」
「まだ検査中ですが、目立った外傷もなかったし、たぶん大したことはないだろうって、佐渡先生は言ってましたがね」
 意外そうな表情を声に滲ませて、古代は答えた。自分がこの話題に触れるとは思っていなかったのだろう。
「そうか…機体の修理ならいくらでもできるが、人間の命を呼び戻すわけにはいかんからな。殊に、今回のイスカンダル行は一切の人員補充ができない旅だ。パイロットを失わずにすんだのは、幸いだった。」
「だったら!」
 突然、古代は声を荒げた。一瞬振り向いたその顔は頬を強張らせ、微かに唇も震わせている。
「なんだって、山本を置いていくなんてことを言ったんです!あんな宙域に、たった一人残して…」

 いつもの、悪い癖が出てしまったようだ。殊更に他人の神経を逆撫でするつもりなど、あるわけではないのだが、時々言わずもがなの不用意な言葉を口にしてしまう。それをずけずけと指摘し、自分を大切にしていないから他人のこともわからないんだと、分析めいたことまで笑いながら言ってのけた奴。
(いままで、そんな話もしたことがなかったのか?まったく、みんな遠慮しすぎなんだよ。いくら並はずれた頭脳の持ち主だって、結局は青二才の未熟者同士だっていうのにな)
 ああ、だがお前はやっぱり特別に遠慮のない奴だったんだよと、思わずその笑顔に語りかけてしまう。
 「せっかく大天才と同期なんだから知り合いになっといて損はない」と呆れるようなことを言ってのけ、酒に誘ってはさっさと酔いつぶれ、接触すると危険だからと拒んでいたのだが、結局はサッカーにも二、三度参加させられた。
(危険だからいいんじゃないか。お前を止めようとする奴なんかいないだろうから、フリーでシュート打ち放題だぞ)
 むちゃくちゃな理屈に苦笑いしながら、こうした気の置けない付き合いを新鮮に楽しむ自分に驚いていたものだ。
 いつか、また会えたときにこの話をしよう、そう思って、6年近くの間に習慣化されてきた思考のパターンから、いまだに抜け切れていない。また会えるときなど、もうけっして訪れはしないのに。

 こんな風に考えてしまうのは、やはりこの青年と一緒にいるせいなのか。古代守の、たったひとり残された肉親。意志の強そうな目元のよく似た、いつも守が自慢していた弟。
「仲間の命を見捨てて、平然としていられるのが指揮官だっていうんなら……」
 怒りの向きがわずかに変わっている。吐き出すように呟く古代に、どうやら同じ追想に浸っていたらしいことが察せられた。山本機を収容することにあれほどこだわったのは、部下の命を失うに忍びないというだけではなかったのかもしれない。取り残されるブラックタイガーの機体に、何の姿を重ねていたのか。
「いや、ワープ失敗の危険を冒してまで回収するのはやはり間違いだと思うぞ。今回は、結果的に幸運に恵まれたが、常にそうだって訳じゃない……だが、そうだな、そういう問題じゃあないな。すまない、悪かった」
 こんな言い方しかできないことに、腹の中で自嘲する。
「俺に、謝られたって…!」
 やり場のない怒りと悲しみを持て余したように言い捨てると、古代はそれきり黙りこんだ。

 本当は――機会があれば告げようと思っていた言葉を、ここで吐き出してしまいたかった。「ゆきかぜ」の取った行動には、おそらくは、自分に責があることを。







初めて投稿させていただきました

>>> ふみひこ   -- 04/04/19-00:32..No.[77]
 
    ずっとテレビの画面に出てこないヤマトのドラマを想像して楽しんでいたんですが、「これなら書けるかも?」と思いついたネタをまとめたものです。4話と6話の間で古代君に対する真田さんの態度・呼び方に変化があったのはなぜか、とか、真田さんはイスカンダルに対してどんな思いを抱いていたのか、とか、気になって仕方なかったことを形にしてみました。
 
イラストいただきました

>>> ふみひこ   -- 04/04/26-22:57..No.[83]
 
    じゅうさんに、イメージピッタリの絵を付けていただきました。
拙作にはなんだかもったいないほどですが、話の印象がくっきりとしてきた感じがします。
ありがとうございました!
 
こちらこそ

>>> じゅう -[URL]  -- 04/04/26-23:35..No.[84]
 
    ふみひこさんの書かれるお話は、キャラが原作のイメージを少しも損なうことなく生き生きと魅力的に描かれていて、しかも読者を惹きつけて離さない格調高い文章が素晴らしいです。
挿絵を描かせて頂いて光栄です。
こちらこそありがとうございます。

 


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