宇宙に抱かれて見る夢は・・・
「おい、坂本たちが妙なものを拾ってきたらしいぞ。」
「妙なものだと?」
ヤマトは、巡回を終えて地球への帰途についていた。後1回のワープで、太陽系に入るという所だ。
島大介は、好奇心を抑えられず、席を立った。もともと、自動操縦中だったのだ。
爆発物処理室(*1)には、多くの乗組員が集まっている。島はそれを掻き分け、古代進のそばまで行った。
「何だそれ?たまごか?」
「というより、繭と言ったほうがよさそうだぞ。」
島の問いに答えたのは、真田志郎だった。
それは、クリーム色をしたややいびつな球体で、大きさはアナライザーの頭くらいだろうか。
「生命ハンノウガ、アリマス」
アナライザーの分析に、乗組員たちは一気にどよめいた。
「まさか、恐竜が生まれるんじゃないだろうな?」
古代が眉をしかめる。
「わからんぞ。もっと物騒なものかも知れん。そう思って、ここに持ってきたんじゃないか。さあ、みんな、散った。散った。」
真田が、好奇心いっぱいの乗組員たちを、追い立てようとした時だった。
「さ・真田さん!」
古代が叫んだ。
突然、球体にひびが入り始めたのだ。
「うわぁ〜!!!」
皆がいっせいにあとずさる中で、それが静かに割れた。
古代が頭を抱えた。真田が顔をそむけた。島は目をつぶった。
「・・・・・・・・・・・・・・?!」
何の物音も、変化も起らない!島は恐る恐る、目を開けた。
「子供じゃないか!!」
皆が口々に、驚きの声をあげる。
それは、膝を抱えるように体を丸めた子供だった。地球人でいえば、4〜5歳くらいだろうか。顔は、俯いていて膝と髪に隠れ見えない。裸である。
「な・なにか着る物を・・!」
古代が後方に向かって叫んだ。
「佐渡先生を呼んでくれ!」
真田も急いで指示を出した。
軽い混乱が起っていた。
そんな中、島が一歩その子供に近づいた時、それが急に顔を上げた。
(うわっ!目があっちまった・・・大きい目だなぁ。吸い込まれそうだ!)
島とその子供は、数秒ほど見詰め合っていた。
「目を覚ましたぞ!」
古代の声で、島は我にかえった。
その子供は、膝を抱えたまま顔だけを上げて・・・ゆるくウェーブのかかった髪は、ごく薄い緑色をしていて耳の下あたりでゆれている。肌の色は透きとおるように白く、その大きな目は宇宙を飲み込んだかのように深く蒼く・・・島をじっと見つめている。
「ほら、ほら、どかんか!患者はどこじゃ?」
佐渡先生が到着したようだ。
「こりゃまた、えらい毛並みの違う子じゃなあ!」
そう言って、とりあえず手袋をはめた手で体に触れようとした瞬間、
「ギギッ!」
子供が跳ね起き、あっという間に島の背後に回ったのだった。
島の右足にしがみついている。
「な・なんじゃい。なんもせんから逃げるな!」
佐渡先生が、島の右側に回った。
「ギ〜!」
子供は慌てて左足に移った。
島の体の周りで、二人が追いかけっこを始めた。
「いいかげんにしてください!!・・・古代、早く服を・・・」
「あ・あぁ」
島は、古代から手渡された小さめのTシャツ(とはいってもその子には大きすぎたが)を子供に手早く着せかけながら、身をかがめた。
Tシャツからちょこんとのぞいた顔を、正面から見つめながら、
「大丈夫だよ。誰も君をいじめたりしないよ。」
と、優しく言い聞かせるのだった。

「おい、古代」
真田は、古代を肘で突付いて言った。
「島のやつ、えらく手慣れているじゃあないか。」
「弟がいますからね。よく、世話をしてたんじゃないですか。」
「なるほど!」

なだめるように島が言う。
「なっ!少しだけ佐渡先生に診察してもらお・・うわぁ!!」
「ギィ〜!」
突然、子供が島に抱きつき、島はそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
「ギィー、ギィー」
それは、明らかに喜んでいるように見えた。

「真田さん、なんか犬にじゃれつかれているように見えるんですけど・・・」
「古代!これは、刷り込み現象だよ。」
「すりこ木?」
「す・り・こ・み!!いいか、アヒルは卵から孵った時に、一番最初に目に入った動くものを親と認識して付いていく。そういうのをインプリンティング、刷り込みと言うんだ。」
「じゃあ、一番最初に目に入った島を、親と勘違いしてるって事ですか?」
「親かどうかはともかく、庇護者だとは思ってるんじゃないのか。」
真田と古代は、同じ所へ目を向けた。

「おい!なんとかしてくれ!」
そこには、子供にじゃれつかれて困惑している島の姿があった。


第一艦橋で、古代は足を投げ出しくつろいでいた。
「ねえ、真田さん。結局、あの子はなんなんでしょうね?いわゆる宇宙人なんでしょうけど・・・」
「わからんなあ!抱きつかれた島に異常は無かったし、本人も元気そうだし、地球人との接触においては、問題は無さそうだが・・・」

「あったら困りますよ!」
ドアが開いて、島が姿を現した。
「よお、島!あの子はどうした?」
古代の問い掛けに、島は自分の腰のあたりを指差した。
子供の顔が覗いている。
「つれてきたのか!ダメじゃないか!」
「仕方ないだろう、離れないんだから!」
「島さん、すっかりなつかれてますね。」からかうように相原が言う。
「島さんのどこが気にいったんだろうな?」南部が不思議そうに言った。
「あのなぁ・・・」
島が反論しようとした時、
「シー・マー」
子供が島の制服を引っ張りながら、声をあげた。
「おい、今、島って言ったぞ!」
古代が驚いて立ち上がった。
「ギィー、シー・・・マー」子供が続ける。
「みんなが、島・島って声をかけるから覚えたんだろう。なっ!」
「ギィー!」
島の問い掛けに、その子はうれしそうに答えた。
「じゃあ、古代って言ってみろよ。こ・だ・い!」
「ギギィー・・・」
「古代は難しいだろう。真田ならどうだ。さ・な・だ!」
「ギィ、ギギィー」
その子は困惑したように、島にしがみついた。
「やめてください!びっくりしてるじゃないですか。なあー!」
島が子供を抱き上げた。
「シーマー。ギィー」
子供は、うれしそうだ。
「で、島さん。その子はなんて名前なんですか?」
相原の問い掛けに、島と古代は顔を見合わせた。お互い考えもしなかったという顔だ。
そんな二人を面白そうに見やりながら、真田が言った。
「島、名前をつけてやったらどうだ。」
「僕が、ですか?」
「そうだ、庇護者だろう」
「う〜ん・・」考え込む島。
「ギギー。シーマー。ギギィ」
島の髪をいじって遊び始める子供。
頭を振って島は言った。
「ギィ!ギィってのはどうです。」
「そのままじゃないか!」
「いいだろう。本人も、自分の名前なら言える事になるんだし」
古代の非難に、島が口をとがらせた。
「いいんじゃないか。本人も文句は言わんだろう」真田が二人をとりなす。
「よ〜し!ギィ!君の名前はギィだ。」
みんなが取り囲むなか、島はギィと名づけた子供をかかえなおした。

「あのう、島さん・・」
遠慮がちに、太田が口をはさんだ。
「もうすぐ、小天体群に接近しますが。」
「そうか!じゃあ、この子を医務室にでも預けて来るよ。さっ、ギィ、佐渡先生のところでおとなしくしてるんだ。わかるな!」

ギィを抱えた島が、第一艦橋から出て行った後。
「なんか、島さん、笑ってましたね!」うれしそうに相原が言った。
「うん、そう見えた。」南部が相槌を打つ。
「テレサの事があってから、どこか元気が無いようだったんだが・・・」古代がつぶやいた。
「良かったな、古代!」真田が古代の肩を叩いた。
「はい!!」
「もっと、いろいろ、坂本に拾ってこさせたらどうです?」面白そうに太田が言う。
「バカッ!!ヤマトを託児所にするつもりか!」
「それもそうだ!」
第1艦橋に笑い声が響いた。


「自動操縦、解除!」
島は操縦桿を握り直した。
「小天体群まで、あと200宇宙km!」
太田の読み上げに、軽くうなづく。この障害物を回避したら、すぐワープに入る予定だった。
「島、任せたぞ。」
古代の声は、案外気楽そうだ。
「小天体群、突入。面舵30度。エンジン出力そのまま・・・」
ヤマトは、小天体を右へ左へ上へ下へと抜けていった。

「今日は、よう揺れるのう。ひっく!」
茶碗酒をこぼさぬように口元に持っていきながら、佐渡先生が一人ごちた。
いつもなら、付き合ってくれるはずのアナライザーも、森雪が搭乗していない今回は、その代わりとして第1艦橋に詰めている。
今、医務室には、佐渡先生とミー君とギィがいるだけだ。
突然、ギィが立ち上がり、医務室から出て行こうとした。
「こりゃ、ギィ。どこへ行く・・・うわぁ・」
ヤマトが大きく揺れる。
佐渡先生は、よろけた瞬間、転がっていた酒瓶に足を取られ、運悪く壁に頭を打ち付け、そのまま気を失ってしまったのである。
ミー君は、こぼれたお酒を舐めていた。
「みゃあ〜・・・ひっく・・」

「まもなく、小天体群から離脱します。」太田がパネルを見つめて言う。
「よし、ワープの準備だ。島」
古代の指揮に、島はすぐ答えた。
「ワープ5分前!波動エンジン出力最大!」
「了解、エンジン出力上昇!」
山崎機関長が、機関室に指令を送る。
「ワープ3分前!エンジン出力・・・んっ?
機関長、エンジン出力が全然上がってないじゃないですか!!」
島が山崎を振り返った。
「そんなはずは・・・?」
が、確かに目の前の出力表示は80%のまま、いや、見ているうちに75%と落ち込み始めた。
「機関室!!徳川、どうした!何かトラブルか?」
山崎は機関室の徳川太助を呼び出した。
「ええっ!?出力が上がらないですって?こっちには何の異常もありませんよ。問題無しです。」
「な、わけないだろう。出力が落ち始めているんだ!このままじゃ、ワープに入れませんよ!!」
島は、声を荒げた。
「落ち着けよ、島。真田さん、原因わかりませんか?」
古代が、真田に問い掛ける。
「今、探っている。う〜ん!エネルギー漏れをおこすような故障個所は見当たらんな。」
「山崎さん、何か見つかりませんか?」今度は、山崎に聞いた。
「1からチェックを掛け直しているんだが、手順にも、エンジン自体にもこれと言った異常は見つからん。」
「島、操縦に問題は・・・」
「ない!!!」
「ワープ、1分前・・・ですが・・・?」
太田が恐る恐る言った。
「仕方がない。ワープは中止だ!」
古代の言葉に、島はレバーをゆっくりと戻した。(*2)

「島、すぐに医務室に来てくれんか!」
切羽詰ったような佐渡先生の声が第1艦橋に届いたのは、エンジントラブルの原因を、一通りチェックしなおし終えた時だった。結果は、原因不明!誰もが、狐につままれたような気分でいたところだ。
「ちょっと待ってください。今、手が離せないんです。」
島が、少しイラついた声で返事をした。
「こっちも、大変なんじゃ、ギィが・・・こりゃ騒ぐな!・・・とにかく、一度見に来い!」
佐渡先生の声が、一回り大きくなっていく。
「島、とりあえず、行って来いよ。」
「そうだな、何度調べなおしてもトラブルの原因は見つからんのだ。少し、頭を冷やした方がいいかもしれんな」
古代と真田に、そう言われて、島は渋々席を離れた。

「いったい何なんです。佐渡先生!」
島が医務室に入ると、そこには、困ったような顔をした佐渡先生と、白衣姿の救護班の女性がいた。
(あれっ?救護班にこんな隊員いたっけ??)
と、疑問に思った瞬間・・・
「シーマー!!!」
突然、その隊員が飛びついてきた。
「う・うわぁ!!」驚く島に、うれしそうにしがみついてくる。
「ギィ〜、シ〜マ〜、ギギッ」
「ま、まさか、ギィなのか?」
目をやれば、佐渡先生が大きく頷いている。
確かに、腰まである豊かな髪は、薄い緑色で、瞳は、深い蒼色をたたえていた。だが、つい先程までのギィは、自分の腰までもなかったはずだ。それが、もう一人前の女性の姿で・・・女性・・・なのか?
「どういう事です?佐渡先生!」
「どうもこうも、わしにゃぁわからん!目の前で、急にでっかくなりよったんじゃ。慌てて服をきせたんじゃぞ。」
「そんな・・・ギィ、君は女性だったのか?」
しがみつくギィを引き剥がし、全身に目をやる。背は、島の胸あたりまで伸びていた。
「ギィ〜?」
ギィは、不思議そうに首を傾けると、再び島に抱きついてきた。子供の姿をしていた時と変わらぬ仕草で。
「わわっ!ギィ、そんなにしがみつくなって・・・(む、胸が当たるじゃないか・・・汗)」
赤い顔をして困惑している島を見て
「ふむ!やっぱり、島を呼んで正解じゃったな。なかなか面白い反応じゃのう。次は、古代と真田君を呼ぼうかの!」
「みぃ〜!」
すっかり楽しんでいる、佐渡先生とミー君だった。


「それにしても、驚いたよな。ギィのやつ、あんなふうに、急に大きくなるなんて!」
頭をかきながら、古代が言った。
「地球まで連れて帰っていいもんですかね?真田さん?」
「う〜ん!土星のメディカルセンターで、しっかり調べなおしてからの方がいいだろうな。」
「えっ!それって酷い事されませんよね?」
ワープ準備をしていた手を止めて、島が尋ねた。
「俺には、なんとも言えんな。」
真田は腕を組み、視線を上にやった。検査や実験のあれこれに、思いを馳せているのが、第1艦橋にいる誰の目にも明らかだった。
「と、とりあえず、ワープしてからの話だよな。」
真田から視線をはずして、古代が命令を出す。
「島、ワープに入れそうか?」
「エンジンさえ大丈夫なら、こっちは、いつでもOKだ。」
「山崎さん。エンジンの調子は?」
「うむ。出力も戻って安定しているし、今のところ問題は無しだな。」
「よし、今度こそ、太陽系まで一気にワープだ。」
「了解!ワープ開始5分前!頼みますよ、機関長。」
島が山崎に声をかける。
「波動エンジン出力上昇。心配するな、島。順調だ。」
いつもの、エンジンの鼓動が第1艦橋に届き始めた。
「エンジン出力90%・・・95%・・・」
山崎が読み上げる。
その時・・・
「だ、誰だ!!こんな時に、歌を歌っているのは!」
古代が声を荒げた。
確かに、かすかに歌声が聞こえて来る。徐々に大きくなっていくようだ。
「相原、どこかからの通信か?」
「ち、違います。通信機に反応はありませ・・・ん・・・ふあぁ〜・・・」
「あくびだなんて、不謹慎だ・・・ぞ。ん・ん〜む・・・」
注意をしようとした南部も、途中からあくび交じりになってしまった。
「どうして・・・突・然・・こん・な眠・・気が・・・」
太田がモニターに突っ伏した。
「この歌・・だ・。古代、これを聞いちゃあいか・・ん」
「でも、真田・さ・・ん。耳・・を塞い・で・も・・」
古代と島は必死で耳を塞いだ。しかし、その歌声は、頭の中に直接聞こえて来る様だ。
不快ではなかった。むしろ、どこか懐かしく、暖かい旋律で、優しく柔らく包み込まれていくようだった。
もはや、第1艦橋で目を覚ましている者は、誰もいない。アナライザーでさえ、機能を止めていた。
そして、その異変に気づく乗組員は、誰一人としていなかった。機関室で、格納庫で、コンピュータールームで、ありとあらゆる場所で、それぞれが、それぞれの格好で眠りについていたのだ。
島は、操縦席の背にもたれて眠っていた。操縦桿が勝手に動き、ヤマトは、静かに舵を右にきった。


どれくらい時間がたった頃だろう。第1艦橋のドアが、静かに開いた。
現れたのは、ギィ!
「シーマー!」
眠っている島に気づいて、ギィは、慌てて駆け寄った。
「ギィー、シーマー、ギギィーギィー!」
激しく島を揺すりながら、ギィは大声をあげた。
「ギィギィギィー、ギギィー」
島の頭の中に流れていた心地よい歌声が、不協和音に変わった。
「う・う〜ん」
眉をしかめながら、島が目を覚ます。
「ギィ、勝手にここへ来たらダメだろ。って!僕は、眠っていたのか?」
やっと、状況を思い出した島は、慌てて隣の古代を揺すり起こそうとした。
「古代、おい、古代!目を覚ませよ!おい!!」
しかし、古代は何の反応も見せない。
ギィが、古代の耳に口を寄せた。
「ギィーーー!!!」
「うわぁー!!」
古代が飛び上がった。
どうやら、ギィの声が効くらしい。
島は、全艦通話のマイクのスイッチを入れた。
「ギィ、これに向かって叫ぶんだ。解るか?声を出すんだ!」
ギィはマイクを渡されると、最初は恐る恐る、そのうち調子に乗って叫び始めた。
「ギィ、ギィ、ギギィーギィー!」
その声は、ヤマト中に響き渡った。

「島、ここはどこだ?」
「古代、目が覚めたか?」
「ああ、すごく気持ち良かったんだけどな!」
「バカッ!そんな事いってる場合か。外を見てみろ!」
メインモニターに映し出されているのは、無数の宇宙船だった。かなり傷んで朽ち果てた物から、ついさっきまで宇宙を航海していたように見える物まで、様々だ。
そのどれもが、自ら動く気配も無く、ただ宇宙空間を漂っているようだった。
「これは、宇宙の墓場だな。」いつの間にか、目を覚ましていた真田が言う。
「古代、このまま、ここにいては危険だぞ!」
古代は大きく頷いた。
「島、すぐに発進だ!」
「了解。補助エンジン始動」
「補助エンジン始動!」山崎も目を覚ましていた。
「座標が表示できません!」太田も起きている。
「コノアタリハ・ツヨイ重力場デ・シハイ・サレテイマス」
機能の戻ったアナライザーが警告する。
「とりあえず、ここから離脱する。ヤマト発進!」
ヤマトが徐々に前進し始めた。その頃には、ギィの声で、ほとんどの乗組員が目を覚ましていた。
「ギィの声を録音しました。これを、繰り返し艦内に流します!」
相原が手早くキーを操作する。
「よし、ギィ!もう叫ばなくていいぞ。」
古代が、ギィの手からマイクを取り上げた。
「よくやったな!ギィ!」
島が片手を伸ばし、ギィの頭をなでた。ギィは、嬉しそうに目を細める。
「メインエンジン始動!出力80%」島が、操縦桿を引いた。
「エンジン出力80%・・・いや、70・・60・・?いかん!出力が落ちてきている!」
山崎が、声をあげた。額に玉のような汗を浮かべていた。
「こんな時に、またですか!!」島の声も、焦っていた。
しかし、前回と同様、どこをどうしてもエンジンの出力は上がらない。
「このまま、この重力場に捕らわれたままでいろって言うのか!真田さん、何か方法は無いんですか?」
必死の形相の古代が、真田を振り返った。真田は黙ったまま、首を振る。
ヤマトが、大変な状況に陥っている事が解るのだろうか、ギィも、また、悲しげな表情で島を見上げた。それを、見つめ返す余裕は、今の島には、無かった。
島の横顔を、じっと見つめていたギィは、突然立ち上がり、古代の前のパネルに手をやった。
「ギィ、触るんじゃない!」
古代が止めようとした時・・・
ギィの体が、突然、緑色の光に包まれた。そして、その光は、パネルから第1艦橋全体へ広がっていった。
「ギィ、何をしてるんだ・・・」
固く目をつむったギィは、島の声にも答える事無く、緑色の光を放ち続ける。
「エ、エンジンが!」山崎が、叫んだ。
「エンジンの出力が、戻ってきている!!」
「なんだって!!!」全員が声を挙げた。
島は、急いで操縦桿を握り直した。
「エンジン出力最大!全速前進!」
ヤマトは、徐々に動き始めた。

「重力圏、離脱!」
「レーダー、復帰シマシタ」
太田とアナライザーの声に、島は額の汗をぬぐった。
「歌声も消えたようです。」相原が、古代を振り返って言う。
「もう、ギィの声、止めましょうか?」
「そうだな。」
古代の指示に、相原は放送を止めた。
気が付けば、ギィの緑色の光が薄くなっている。
「ギィ・・・」
島は、席を立って、ギィに近づいた。
と、ほとんど同時に、ギィが崩れるように倒れ込んだ。
「危ない!!」
間一髪、島がギィをその腕に抱きとめる。
ギィは、固く目を閉じ、弱々しい息遣いをしていた。
「どうしたんだ、ギィ!大丈夫か?」
島の問い掛けにも、答える事ができないようだった。
心配して集まった面々が、ギィと島を覗き込む。
「島、これをギィに渡してみろ。」
真田が、島の掌に黒い塊をのせた。物問いたげに真田を見る島を、
「早くしろ!」と、真田は促した。
言われたとおり、島は、ギィの手にそれを握らせた。
一瞬、ギィが緑色に光る。
「・・・ギィ〜・・・」
小さく声を出すと、ギィが薄く目を開けた。
「おおぉ〜!」
周りのみんなが、安堵の声を挙げた。
「ギィ、気が付いたか?」
島が、優しく話し掛けると、ギィは、小さく微笑んだ。
「やはり、そうか!」
真田は、腕を組み深く頷いた。
「どういう事なんです。真田さん」古代が、みんなを代表して説明を求める。
「島、今渡したものがなんだか解るか?」
「レーザー銃のエネルギーカートリッジでしょう!どうして、それをギィに?」
「うむ!どうやらギィは、物質エネルギーを、直接吸収して生きている生物のようだ。」
「???」
「ワープの時、エネルギー出力が落ちただろう。あれは、ギィが、波動エンジンのエネルギーを吸収していたからなんだ。そのエネルギーカートリッジも、空になっているはずだ。」
「ほ、本当だ!」確認した南部が、声をあげる。
「だから、その後、急に成長したと・・・」
「そうだ、古代!そのとおりだ。」
「じゃあ、さっきエンジン出力が上がらなかったのも、ギィが?」
太田の質問に、真田は首を振った。
「それは違うだろう。反対にギィは、自分のエネルギーを放出して、波動エンジンの出力を上げてくれたんじゃないのかな。」
「だから、倒れたんだ!」
島はギィを見つめながらつぶやいた。
「つまり、ギィは、ワープの邪魔をした張本人であり、ヤマトを重力場から脱出させた恩人でもあるって事か。」古代のまとめに、みんなは複雑な表情をしていた。

誰もが言葉を失い、ただ黙ってギィを見つめていた時だった。
「マタ、アノ歌声ガ、ハジマリマシタ!」
「何っ!」相原が、慌てて艦内マイクの前に走った。
「アッ!違ウ!コレハ、違イマス。」
「何が違うんだ?」混乱したようなアナライザーに、古代が声をかけた。
「コノ歌声ニハ、催眠作用ガ、アリマセン。」
その時には、全員の耳に歌声が届いていた。
が、確かに、眠りに誘われるような事は無かった。
「モ・モニターを見てください!」太田が驚愕の声をあげた。
「な・何だ、あれはっ!!」みんなが口々に叫ぶ。
モニターに映っていたのは、女性の姿だった。
もちろん、人間ではありえない。宇宙空間に、一糸まとわず漂っているのだ。
その体は、半透明というか、背後の星の光が透けて見えている。
しかも、一人だけではない。何十という数で、おそらくヤマトを取り巻いているのだろう。
「レーダーニ、反応アリマセン。」
アナライザーが冷静に状況を報告する。
「さ・真田さん。これって!」
「俺にも解らんよ、古代。しかし、どうやら、この歌声は彼女達が出しているようだな。」
みんなが、モニターに釘付けになっていた。
「ギィ、どうしたんだ?」
島の声に、みんなの目がギィに移った。
「ギィ、ギィ、ギィ〜」
ギィは、島の腕の中で、弱々しく両手を前に伸ばしていた。ちょうど、モニターに向かって。
まるで、モニターに映っているものを、掴もうとするかのようだった。
「ギィ〜ギィ〜ギィ〜・・・」その声は、悲しげに聞こえた。
すると、ギィの声に合わせるかのように、歌声が大きくなった。その二つの声は、不思議と調和して聞こえる。
「ギィ、彼女達のところへ行きたいのか?」
島が、唐突に言った。
「おい、島!」
「真田さん!」島が顔を上げて言う。
「僕には、この歌声がギィを呼んでいるように聞こえるんです。」
「むぅ!」
「ギィも、たぶん、行きたがっている。」
島の言葉に、古代が黙って頷いた。


ギィは、宇宙服を着るのを嫌がった。
「ギィが、彼女達と同種族であるなら、このまま宇宙空間に出しても、大丈夫だとは思うが・・・」
真田の自信無さげな進言に、島は白衣姿のギィを抱き上げた。島自身は、宇宙服を着込んでいる。
「本当に、大丈夫なのか?」
古代が、不安そうに声をかけた。島が、黙ってギィに目をやると、ギィは嬉しそうに笑い、島の首に腕を回した。
「ギ、ギィー」直接、島に触れないのが不満そうだ。
「行ってくる!」
島は、ハッチに向けて歩き出した。

内側のハッチが閉まり、しばらくして、外側のハッチが開き始めた。空気が抜けていくのがわかる。
島の左手は、緊急停止ボタンにかかっていた。ギィに異変があれば、いつでも押せるように。
けれど、ギィは驚くほど変わりなく、島にじゃれついていた。まるで、散歩に連れて行ってもらえる子犬のようだった。
ハッチが全開となり、島はゆっくりと足を踏み出した。ともすれば、腕の中のギィが、浮き上がってしまいそうだった。

島と、島に抱きかかえられたギィの二人は、第1デッキに立っていた。その周りを、少し離れて女性達が漂っている。そのうちの一人が、泳ぐように、すうーっと二人に近づいた。手が届くかと思われた時、そのまま泳ぎ去っていった。
ギィは、そんな彼女達と島の顔を、交互に見ている。
そんなギィを、島は黙って見つめていた。
「・・・・・・・」
ギィの口が動いた。
「ギィ、真空の中では音は伝わらないんだ。」
島は、少し笑って言うと、ヘルメットのバイザーをギィの額に押し付けた。そうすると、バイザー越しに、ギィと顔を見合わせる事になる。
「ギィ〜、シーマー!」
ギィの声が、ヘルメットを伝わって聞こえた。
「なんだい、ギィ?」
「ギ、ギィ〜!」
ギィが笑う。島も笑い返した。
「さあ、ギィ!みんなの所へお帰り!」
そう言って島は、抱きかかえていた腕を、ゆっくりと離していった。ギィの体が少しずつ浮き上がっていく。
ギィは、島の首に回した腕に力を入れた。体は宙に浮き、その腕だけで、島にしがみついている。
「シーマー!ギギィー、ギィ!」
バイザーに額をつけ、ギィが叫ぶ。
「行くんだ!ギィ!!」
島の言葉に、ギィは首を振る。
「ギィ、僕は、いつでも、宇宙に戻ってくる。そしたら、また会えるさ。」
ギィの腕を、そっとはずしながら、島は言った。
「シ〜マ〜〜・・・」
ギィの額がバイザーから離れ、その腕も島の手から離れていく。
一瞬、島の視界が白衣でふさがれた。思わず、その白衣を掴んだ時・・・、その中に、ギィの体は無かった。
宇宙に目をやると、半透明の体になったギィは、仲間に取り囲まれて、少しづつヤマトから遠ざかっていく。両腕は、まだ島のほうへと伸ばしていた。
「ギィ、元気でな!」
島は、白衣を大きく振った。
『シ〜マ〜!』
ギィの声が聞こえた気がした。


「行っちまったな。ギィのやつ・・・」
少し淋しそうに古代が言った。
「いったい彼女達は、どういう生命体だったんでしょう?」
相原が、真田に問い掛けた。
「そうだな、これは憶測でしかないが、彼女達は、あの歌声で宇宙船を呼び寄せて、そのエネルギーを吸収していたんじゃないのかな。」
「ギィの声が、あの歌声の効力を打ち消す事ができたのも、彼女達の仲間だったからですか?」
太田の質問に、真田は大きく頷いた。
「彼女達の歌声は、異星人になんらかの精神的作用を及ぼすと考えられるな。」
「それって、地球の古い伝説にありましたよね。確か・・・」
「セイレーン!」
「ローレライ!」
南部と相原が同時に声をあげた。
「宇宙には、まだまだ不思議な事があると言う事だな。」
山崎が、首を振りながらしみじみと言った。
「古代、ワープ準備できたぞ。」
それまで、話に加わらず黙っていた島が、古代に声を掛ける。
「よし!今度こそ、間違いなく、太陽系まで最終ワープだ。」
「おう!」
第1艦橋の面々が、古代の号令に、大きく答えた。


「ワープ!!」
島はレバーを引いた一瞬、歌声を聴いた気がした。
今回のワープは、いつもと違っていた。
あの身を捩られるような、胃が持ち上がるような、手足の在り処がわからなくなるような、そういう不快感がまったく無かった。ワープ酔いにかかる者は、一人もいない。誰もが、ワープの間中、幸せな夢を見ていた。
家族と一緒に、懐かしい我家で団欒を持つ夢、地球の緑の大地に寝転がり、穏やかな風に吹かれる夢、そして、二度と会う事のできない恋人と抱きあい語らいあう夢・・・。
ワープが終了し、太陽系にヤマトが姿を現した時、島は、そっと濡れた睫毛をぬぐうのだった。



* 1 そんな場所がヤマトにあるのでしょうか?無責任ですみません。
* 2 ヤマトの操縦の仕方は教えてもらってないので、適当です・・・汗!
ちゅうちゅう
2010年08月10日(火) 18時47分27秒 公開
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■作者からのメッセージ
初めまして!ヤマトU(TV版)の後、新入隊員の訓練中の頃の設定のつもりです。全然、SFじゃありませんね。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  ちゅうちゅう  ■2010-08-31 22:13  ID:wH0hygxMdCA
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読んでいただいた上、感想までいただき、感激しております。
ギィを、可愛いといってもらって、(頭の中の映像が伝わったみたいで)
うれしいです。
No.3  メカニック  ■2010-08-13 19:40  ID:qGAcXVl2OP2
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戦闘シ-ンの無いファンタジ−な感じでいいお話です。
「ギィ」があのまま波動エンジンのエネルギ-を吸収し続けたら「ギィ」はどのように成長していったのか気になりました(^^)
No.2  長田亀吉  ■2010-08-12 23:55  ID:DRO0cere20g
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ようこそ!
素晴らしい作品をありがとうございます。
しっかりとした物語運び、登場人物の台詞回し、お見事です。
最後は目頭熱くなりました…。
最敬礼です。
No.1  煙突ミサイル  ■2010-08-10 21:17  ID:qsIQDHM.z7.
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ファンタジーで素敵です。セイレーンは「999」などではちょっと怖いイメージを持っていたのですが、「ギィ」さんのように可愛いんなら・・あ、いやいや、やっぱり怖いですが・・。
総レス数 4

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