悪友は、ブタ―シャに愛の告白をしたことから、当面、「ブタオ」というニックネームを甘受することになった。しかも、停車時間の短さから、あのブタ―シャにすらフラレタという評判が立ち、ブタより安い「カシワ男」というニックネームまで付いた。

 「不滅の第三艦橋」創刊号は、アニメ―ジュのファンクラブ紹介コーナーに掲載され、研究会は継続した。冊子の創刊号には、わしの小説がカットされた部分に山田のメカイラストが「全国からのイラスト」として掲載されていたので、山田も気を取り直し、復帰した。この研究会は、次の年の夏まで、都合、4冊の冊子をつくることになる。わしの小説版ヤマト3は結局、予想通り、完結せず、大ヒンシュクを買う。

 さて、中学二年もそろそろ、終わろうという1979年2月。研究会の会長である「かしわ男」の家に「全国からのお便り」のコーナー宛に一通のハガキが届いた。へたくそなイラストの横にひとこと、「ありがとう」と書いてあった。本当の、「全国からのお便り」だ。

(完)

 


(長らくのご愛読ありがとうございました)


 

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